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80年代 クハネ581 6

灘の操車場に留置されていた583系です。

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(クハネ581 6 1982年頃 東灘操車場付近にて)

関西~九州の寝台運用や雷鳥の運用が減少して、東灘には失職した583系が何両も留置されていました。
これを見に行くため、西宮から灘まで友達と自転車で行った記憶があります。

本日4月29日に開園した「京都鉄道博物館」にも、クハネ581 35が展示されているようで、博物館開園記念として掲載してみました。

クハネ581は、乗務員扉と乗降扉の間に機械室を設けてあるのが特徴で、車体側面に通風のガラリがあります。
機械室には、MG(電動発電機)とCP(空気圧縮機)が収納されています。

ほぼ全てのブラインドがおろされ、車内は見えないような状態になっています。

撮影の時点で、新製登場からまだ15年も経過しておらず、失職するには早かったのですが、その後、一部の車両が寝台設備を取り払われ715系に改造されて、北陸ローカルに充当されました。
平成になって社会人になってから、出張の折に一度だけ715系の各停に乗車したことがあります。先頭車は食パンみたいな切妻で、やたら天井が高かったことを覚えています。


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by takurika54 | 2016-04-29 18:24 | 80年代 電車 | Comments(0)

80年代 飯田線 EF10 31 その1

飯田線特集パート2第63弾です。これに会いたくて訪れました。

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(EF10 31 1982年4月1日 豊橋機関区にて)

ED62に置き換えられても、しぶとく1両だけ残っていたEF10 31です。
しばらく休車扱いで留置されていたのですが、4月1日から運転するとのことで、丁度訪れた時は運転前の点検中でした。

前面窓にはヒサシが取り付けられていて、尾灯は埋込式に改造されていますが、戦前製の旧型電機の貫録を醸し出していました。
前面窓はHゴム化されず、オリジナルのままです。運転台窓の右側の下の方に丸いポッチがありますが、元々はここにワイパーが付いていました。

運転前の点検中ゆえ、パンタが上がった状態です。もう少し待てば、庫から出てくるところが撮れたのかも知れません。
当時中学生の自分は、そんなことに気付かずにいました。今思うと口惜しいですね。

EF10 31の後方に居るED62は、画像拡大してみるとED62 18でした。


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by takurika54 | 2016-04-23 12:54 | 80年代 電気機関車 | Comments(0)

80年代 C11 180

あと12日で京都鉄道博物館がオープンするようなので、懐かしの梅小路蒸気機関車館の画像をご覧頂きましょう。
まずは、扇形庫の中には入らず転車台の側線に長らく廃車体をさらしていたC11 180です。

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(C11 180 1981年頃 梅小路蒸気機関車館にて)

保存車とするつもりだったのか、保存までの間の一時保管としていたのか、部品取り用として持ってきたのか…
理由は定かではありませんが、ナンバープレートを外され、白ペンキで車番が書かれて、錆びだらけで哀れな姿でした。
が、保存車のビカビカと余りにも対照的だったので思わず撮影したのだと思います。

左側に炭水車だけ見えているのはC55 1です。この時、C55 1は転車台の側線に留置されていました。
右側には新製されて数年のキハ47(たぶん)が留置されています。

背後には背の高い給水塔が見えており、土手は山陰本線となります。
この辺の景色は、山陰本線が電化されていて少し変わっています。


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by takurika54 | 2016-04-17 17:39 | その他 | Comments(0)

80年代 EF58 113

急行「きたぐに」を牽引して大阪駅に入線するEF58 113です。

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(EF58 113 1981年頃 大阪駅にて)

朝もやのなか、急行「きたぐに」を牽引して大阪駅に進入するEF58 113です。

EF58 113は、米原機関区の特徴であるワイパーカバーを装着しています。原形小窓でPS14を搭載しており、オリジナル度が高い車です。
元20系寝台車を牽引していた経歴があるため、P型改造されていて、連結器廻りはにぎやかです。

米原区のEF58は手入れが行き届いていて、飾り帯はいつも磨かれているのですが、この時のEF58 113は車側部のヒゲは少し錆が浮いています。

EF58 113の次位はオユ10です。そのあとは12系座席車が連なっています。この位置からは10系寝台車までは見えませんね。

当時から急行「きたぐに」は人気でしたので、ホームにはたくさんのファンが居ます。
と言っても、見えている範囲で10名程度ですから、まだまだのんびりした時代でした。


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by takurika54 | 2016-04-09 10:08 | 80年代 EF58 | Comments(0)

80年代 阪急959

中学の時の友人からもらったネガプリントです。

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(阪急959 1978年頃 西宮北口~阪神国道間にて)

今津線の運用に就く阪急959です。
西宮北口を出て今津方面へ向かうところのケツうちです。

阪急959は、920系の制御車なのですが、前照灯の後方の屋根上には何やら踏み板のようなものが見えます。これって何でしょう?
以前ご紹介した阪急973の屋根上にはこのようなものは見当たりません。

阪急973は同じ制御車ですが、前照灯の取付位置がやや高いですね。
再掲ですが、比較のため973の画像もご覧頂きましょう。

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(阪急973 1981年頃 夙川~苦楽園口間にて(再掲))



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by takurika54 | 2016-04-03 18:17 | 80年代 阪急電鉄 | Comments(0)

80年代 EF65 寝台特急「富士」牽引

豊橋駅を通過する寝台特急「富士」です。

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(EF65 1000番台(車番不明) 1982年春 豊橋駅にて)

東京から大垣行きの夜行鈍行に乗って豊橋駅に降り立って間もなく、東京へ向かう寝台特急「富士」がやってきて通過してゆきました。

ちょっと遠過ぎて車番までは判別不能です。寝台列車牽引用として、1977年(昭和52年)に名門東京機関区に配置となった1096~1116号機のどれかだと思います。

東京口の九州寝台列車は、ヘッドマーク付きでしたので、非常に格好良く見えました。
関西の九州寝台列車も、同じEF65 1000番台に置き換わっていましたが、合理化体質でヘッドマーク掲示は止めてしまっていたので、東京口の九州寝台列車は羨望の眼差しでした。

右手手前には名鉄の車両が停車中。富士の左側奥には、111系が留置されているのが見えます。


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by takurika54 | 2016-03-28 00:52 | 80年代 電気機関車 | Comments(0)

80年代 飯田線 クハ85 104

前回ご紹介のクハ103と似た顔付きのクハ85です。
中学生の時、クラスメートからもらったプリントです。

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(クハ85 104 1981年か1982年 豊橋駅にて)

中学に上がると行動範囲も広がり、クラスの友人も青春18キップを使って遠征に出掛ける人が増えました。
長期の休みが明けると、それぞれが遠征先の写真を見せ合い、気に入った写真を交換したり譲り受けたりしてました。
これは、Y君からもらった写真です。

当時の飯田線の豊橋口では、朝夕のラッシュ用にクハ85+モハ80の2両増結運用があり、クハ85は104と108のたった2両だけ豊橋機関区に配置となっていました。
パッと見たところ、104か108か分からないのですが、僅かな識別点を発見しました。
前照灯下、前面窓の上部にある手すりの位置が僅かに違います。
 クハ85 104:手すり取付位置がやや下め
 クハ85 108:手すり取付位置が前照灯と前面窓の丁度中間

再掲ですが、クハ85 108の画像もどうぞ。僅かな取付位置の違いがお分かり頂けるかと思います。
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(クハ85 108 1982年春 豊橋駅にて(再掲))


クハ85 104は、付随車のサハ87に運転台を設けたもので、ローカル線へ都落ちする際に短編成化すると制御車が足りなくなることから、付随車であるサハやサロから改造されています。顔付きは103系の高運転台車によく似ていますが、前照灯が1灯になっているあたりが垢抜けない魅力となっています。


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by takurika54 | 2016-03-21 15:34 | 80年代 飯田線 | Comments(2)

80年代 クハ103 低運転台ブタ鼻2灯

大阪環状線の103系です。

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(クハ103 1980年頃? 場所不明(弁天町駅か?))

交通科学館へ行った際のネガにあったので、恐らく弁天町駅で撮ったものと思われます。

低運転台ながら、前照灯は製造時からシールドビーム2灯化されたグループです。
当時、森ノ宮区には、クハ103 241~266と大量に配置されていたので、その中のどれかだと思います。
方向幕には「大阪環状線」と掲げられており、普段京阪神緩行線の「普通」とだけ素っ気なく掲げられた方向幕を見慣れていると、これだけで格好良く見えたものです。

今でも、大阪環状線には体質改善を受けた103系が現役ですが、今年2016年から遂に後継車「323系」が順次投入されることとなり、2018年には103系と201系は淘汰されるとのことです。
余りにも大量生産され、余りにもありふれた車輛だったので、当時は撮影対象として食指が動くことはありませんでしたが、今こうして見ると食パン的な面構えで質実剛健な感じは好ましいですね。


103系ネタは、福知山線に投入された高運転台車の画像がありますので、再掲します。高運転台車は面長な感じですよね。

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(クハ103 800番台 1981年3月 大阪駅にて(再掲))


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by takurika54 | 2016-03-12 11:46 | 80年代 電車 | Comments(2)

80年代 117系新快速その4

117系が新快速の運用に入った頃の画像がもう1枚残ってました。

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(117系新快速(クハ117) 1980年春頃 芦屋~西ノ宮間にて)

ちょっと流れてしまっている画像ですが、高速で大阪方面へ駆け抜ける117系です。
流電が登場した当時のカラーリングを模して、クリームと茶色に塗り分けられています。
前照灯を縁取るように、茶色のラインは正面にかけて帯幅が太くなっています。
153系新快速と違い、デッキの無い2扉の構造になっています。今の223系は3扉ですから、徐々に通勤対応の構造に進化されています。
改めて見ると、運転席側にも助手席側にもワイパーが2基づつあって、雨天時の視界性を良くしたようです。
足廻りは黒く塗られていたのでしょうか?引き締まって見えます。

新快速の表示(ヘッドマーク?)ですが、153系の頃の表示を踏襲したのか、黄色のカラーリングがされています。

踊り子号に使われている185系も、同じように非貫通で似た顔立ちをしていますが、ヘッドマークの位置と大きさが違うためか、印象が違います。
117系は少し野暮ったいと感じるのは私だけでしょうか??


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by takurika54 | 2016-02-28 23:13 | 80年代 電車 | Comments(0)

80年代 飯田線 旧型国電の台車その6 TR48

飯田線特集パート2第62弾です。
今回の旧国の台車はTR48です。

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(TR48 クハ86 366(恐らく) 1982年春 伊那松島駅にて)

80系や70系の制御車が履いていたTR48です。
モーターを持たない台車なので、これまでご紹介してきたDT台車とは見た目から構造に違いがあるのが分かります。
車軸部は、箱状の軸箱が無くてコロ軸になっています。戦後の車両は、産業育成のためコロ軸を採用することに腐心したのだとか。
EF58をはじめさまざまな台車にコロ軸が採用されています。コロ軸は、長距離や高速運転に適していたので、中長距離運用を想定していた80系には無くてはならない装備だったと思います。

クハ86は、当時は余り好きな車両では無かったので、まともな写真はありません。
以前ご紹介したモハ80 345と連続したカットでしたので、恐らくM+Tcでペアを組んでいたクハ86 366が履いていたものと思われます。

飯田線の旧国の台車のご紹介は以上になります。


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by takurika54 | 2016-02-21 08:59 | 80年代 飯田線 | Comments(0)