タグ:80年代 ( 396 ) タグの人気記事

80年代 EF58 118

夜の大阪駅です。

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(EF58 118 1982年4月 大阪駅にて)

飯田線訪問から戻ってきて、大阪駅で撮ったものです。

高性能なカメラでは無く、基本全自動のちゃっちいカメラで撮っているので、見辛い写真で恐縮です。

米原区の車で、原形小窓で原形ワイパーを装着しているのですが、暗くてよく見えませんね。
恐らくホームでは荷役中で、長い間停車しているようで、前照灯はスモールになっています。
9番線に停車しており、時計は19:50頃を差しているので、20:11発の青森行きと思われます。

隣りの10番線には、福知山線の客車列車を牽くDD51が停車しています。画像拡大してみましたが車番までは判別出来ませんでした。
19:13着の724レと思われます。到着から30分以上経過しており、客扱いはとっくに終わっていると思いますが、未だ構内に居ます。大都市の中心駅の大阪駅でも、当時はこのようにのんびりしたところもあったのですね。




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by takurika54 | 2016-08-21 09:18 | 80年代 EF58 | Comments(0)

80年代 神戸電鉄1000系

中学校の友人と船坂峠を越えて西宮から三田まで自転車旅行した時の写真です。

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(神戸電鉄1000系 1980年頃 横山~神鉄道場間にて(たぶん))

築堤を駆け上がる神戸電鉄1000系です。撮影場所は定かでは無いのですが、路線バスが走る街道沿いから撮ったので、恐らく横山~神鉄道場の間かと思われます。
普段、神鉄にお目にかかることは無くて、やってきた列車を珍しくで撮った記憶があります。

旧塗装をまとい、パンタ2丁を上げて、中々格好良いです。
1000系は、今ある神鉄の新性能車の基礎を作った車両のようですが、両開きの乗降扉を採用したり意欲的な車両だったようです。

この頃の三田口では、2両編成に片運転車を1両増結した3両編成が基本だったようです。最後尾の車が増結の車両で1050系と区別されるそうですが、片運転車と言いながら単行運転が可能だったそうです。

ローアングルなので分かり辛いですが、非冷房の編成のようですね。

神鉄の写真は残念ながらこの1枚だけです。


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by takurika54 | 2016-08-15 16:35 | 80年代 私鉄 | Comments(0)

80年代 梅小路のC61 2と8630

梅小路ネタの続きです。

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(8630とC61 2 1981年頃 梅小路蒸気機関車館にて)

8630は、開館当時から有火状態にあり、この日も煙をたなびかせていました。
SLスチーム号の運転用に、扇形庫から京都駅方面に線路が敷設されましたが、撮影当時はそのようなものはナ無く、単にターンテーブルを回って元の番線に戻ってくる運用だったハズです。

最近の8630を撮った画像もあるのでご紹介しておきましょう。

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(8630 2009年4月 梅小路蒸気機関車館にて)

砂巻きドームの前方側に大きな鐘が見えます。人や大八車が行き交うところで、鐘を鳴らしながら走っていたことを想像しちゃいます。



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by takurika54 | 2016-08-07 23:42 | その他 | Comments(0)

80年代 クモヤ91 002 その4

大阪駅で捉えたクモヤ91 002の画像の4枚目です。

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(クモヤ91 002 1981年3月31日 大阪駅にて)

横桟の入ったプレス扉と、特徴的な3段窓をクローズUPして撮影しました。

戦時設計されて登場した63系は、この時代を反映して客室窓は3段となっていています。
戦後間もない当時は窓ガラスが極端に不足し、窓を3段に分割することでひとつひとつのガラスは小さくなり、補充のし易さを狙ったものでした。
元々は、真ん中の段の窓は固定されていて、下段と上段が可動して、座った客にも立った客にも風が通るように設計されていたとのこと。
しかしながら、これが災いして、桜木町事故の際は窓から乗客が逃げれず多数の犠牲者を出すことになり、真ん中の固定窓も可動出来るように改善され、その他改善も盛り込んで72系に生まれ変わりました。
クモヤ91 002は、生まれ変わったモハ72より改造して誕生しています。

乗降扉上にはヘッダー無しです。戦前製の車とは違います。

再掲ですが、1枚目の画像をもう一度ご覧頂きましょう。
恐らく、検査明けの特急車両の試運転列車だと思われます。中線に入線して、しばらく停車していました。
日曜の昼間とは言え、当時は大ターミナル駅の大阪駅でも、こんな珍列車を普通に見ることが出来たのですね。
今なら大騒ぎになることでしょう。

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(撮影場所、撮影年月は同じ)


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by takurika54 | 2016-07-24 12:16 | 80年代 旧型国電 | Comments(2)

80年代 阪急1604

嵐山駅で出番待ちの阪急1604です。

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(阪急1604 1982年初秋頃? 阪急嵐山線嵐山駅にて)

次の運用まで待機中だったようです。
親子が映り込んでしまうので、早く立ち去って欲しかったのですが、いつまでも乗務員扉をがちゃがちゃしていて止む無く撮影したものです。

阪急1600系は、見た目は新性能車の1100系と変わりませんが、京都線100系(いわゆるP-6)の主電動機を流用して誕生した車なので、吊掛車で旧性能車の部類になります。車掌側と貫通扉の窓は、白色のHゴム化されています。前照灯も2灯シールドビーム化されています。

1100系、1200系、1300系、1600系と、このスタイルは阪急の一時代を築きましたが、どこか垢抜けないスタイルで、茶坊主のようです。
昔の関西では、70系が茶色一色に塗られていて茶坊主と呼ばれていたようですが、湘南スタイルでは無いですが阪急の茶坊主と勝手に思っています。

再掲ですが、桂駅で撮った阪急1602の画像もご紹介しておきましょう。


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(阪急1602 1982年初秋頃? 阪急京都線桂駅にて)


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by takurika54 | 2016-07-16 13:58 | 80年代 阪急電鉄 | Comments(0)

80年代 梅小路のD50 140とC11 64

梅小路ネタです。

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(D50 140とC11 64 1981年頃 梅小路蒸気機関車館にて)

化粧煙突が美しいD50 140が15番線に、タンク機の代表格C11 64が16番線に並んでいます。

D50 140は煙室扉の下に給水温め器が鎮座していて、装飾用の金帯が巻かれていています。
C11 64は、小型のタンク機なので給水温め器は元からありません。

各々、機関車の上部にはラッパ状のものが見えます。これは機関車から出る煙を、煙突を通して扇形庫より庫外へ出すためのものです。
これが無いと、庫内に煙が充満してしまいます。

7年前に梅小路を訪れた時に、D50 140の画像を撮ってますので、こちらもご覧頂きましょう。

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(D50 140 2009年4月12日 梅小路蒸気機関車館にて)

基本的に昔と変わりませんが、給水温め器にヘッドマーク掛けのようなステーが取り付けられていますね。


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by takurika54 | 2016-07-02 17:14 | その他 | Comments(0)

80年代 阪急812

阪急伊丹線稲野駅です。

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(阪急812 1982年早春頃 阪急伊丹線稲野駅にて)

中学の同級生が、伊丹線の吊掛け走行音を録音しに行くとの話しで、一緒について行った時の写真です。
伊丹へ向かう途中に、違う車両に乗り換えたと記憶しているのですが、塚口方面へ向かう812を撮影したものだと思われます。

810系は、当時伊丹線と今津線で使用されていましたが、伊丹線では4両編成でした。

前照灯が、2灯シールドビーム化され、屋根に埋め込み式となっており、外観を大きく損ねていますが、先頭車に前パンを上げた姿は非常に好ましいです。
片開き扉の間には4連の窓が並んでおり、窓枠はニス塗り仕上げだそうです。

ウィキによれば、812編成は810系最初の廃車として1983年に姿を消しているそうです。


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by takurika54 | 2016-06-19 23:02 | 80年代 阪急電鉄 | Comments(0)

80年代 梅小路のD52 468とC59 164

梅小路ネタはあと4枚画像があります。

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(D52 468とC59 164 1981年頃 梅小路蒸気機関車館にて)

17番線にD52 468が、18番線にC59 164が置かれていました。

こうやって並んでいるとD52がいかに大きいかが分かります。煙室扉の直径はさして変わらないのですが、ボイラの太さは一回り違います。

D52は、前照灯と煙突の間に給水温め器があり、金帯が巻かれて装飾されているのが見えますが、C59は見えません。
C59は煙室扉の下のデッキ上にあり、箱状に囲われているため、正面からは見えないのです。

D52 468は尾灯が取り付けられておらず、C59 164は片方にしかありません。

ステップですが、D52は正面側に取り付けられているのですね。蒸気機関車は共通して側面に取り付いているものとばかり思ってました。
D52は、ステップが正面側にあることで、解放テコの幅はステップ分左右短くなっています。

17番線と18番線の間の柱のそばに、灰皿があります。当時は、分煙の概念が無くて、結構あちらこちらで喫うことが出来たようです。


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by takurika54 | 2016-06-12 23:12 | その他 | Comments(0)

80年代 飯田線 EF10 31 その2

飯田線特集パート2第64弾です。

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(EF10 31 1982年4月1日 豊橋機関区にて(許可を得て構内にて撮影))

前回ご覧頂いたEF10 31は、正面がちの画像でしたが、今回の画像はもう少しサイドが分かる画像です。

休車明けの点検中で庫内にいたので、折角パンタが上がっているのに点検台が映り込んでいますが、今となっては貴重な画像が撮れたと自己満足しています。
EF10 31は今見ても格好良いですなぁ~~

サイドぎみに撮ると、特徴的な一体鋳鋼製の台車HT58の様子が良く見えます。
開閉可能な窓や扉は、全て開けてあるようです。

EF10 31は、後天性の改造によりヒサシが取り付けられていますが、ヒサシが無いとのっぺりした顔付きなので、EF10の角ボディ車はヒサシ付きの方が好きです。
各車輪毎に砂箱がありますが、砂箱から下に砂を供給する細い管が見えています。砂箱って案外外側に取り付けてあるのですね。
側面のナンバープレートは、暗くて車番が見えませんが、製造銘板は文字が白く塗られていたためか「日立」の文字が浮かんで見えます。

機関区内にいる車輛を撮影するのに、どんな手続きをすれば良いか考えた末、往復はがきで機関区に手紙を書き、構内入場の許可を求めました。
その時に、ご丁寧に機関区の方からお返事を頂きまして、ちゃんと当直助役に申し出て手続きすれば入場を許可するとありました。
恐らく、EF10 31を撮影したいとでも書いたのでしょう、お返事にはEF10 31の稼働予定についても書いて下さいました。
何故だか、その時に頂いた返信はがきをいまだに大事に持ってます。
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お名前の記載が無いので、どなたが書いて下さったのか不明ですが、古き良き時代ですね。

飯田線特集パート2は、これを持ちまして終了でございます。



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by takurika54 | 2016-06-11 00:48 | 80年代 飯田線 | Comments(0)

80年代 梅小路のC51 239とC53 45

梅小路ネタの続きです。

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(C53 45とC51 239 1981年頃 梅小路蒸気機関車館にて)

19番線にC53 45、20番線にC51 239が置かれています。
京都鉄道博物館に生まれ変わる際に、各機関車は一度扇形庫から出されて、扇形庫の耐震補強工事と車両の整備を行いましたが、また同じ場所に戻されています。
この号機はここ、と定位置の決まりでもあるのでしょうか?

静態保存の展示車両ですから、基本何も変わっていないと思ってましたが、C51 239はかつてのお召仕様に手直しされていたのですね。
梅小路機関区90周年を記念して手直しされたんだとか。

煙突の後方にあった給水温め器が取り外され、ランボード上には金メッキされた手摺が取り付けられています。前照灯も取り換えられています。

7年前に梅小路を訪れた時の画像をUPしておきます。この時はそんな手直しがされていたことを全く知らずに撮影しておりました。

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(C51 239 2009年4月12日 梅小路蒸気機関車館にて)

至るところにお召の装飾がされていますね。


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by takurika54 | 2016-06-05 10:30 | その他 | Comments(0)