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平成の画像 ED62 16とクモハ12 041

前回に続き1997年の伊那松島機関区から画像をお届けします。

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(ED62 16とクモハ12 041 1997年3月か4月 伊那松島機関区にて)

ED62 16は、飯田線北部の貨物輸送に使われていましたが、1996年秋に事実上の運用が終焉し、この頃には他のED62とともに伊那松島機関区に留置されていました。
半年ほど使われていなかったからか、ナンバーやヒゲの部分から少し錆が浮いてしまっています。ボディの青色も退色しています。
それでも、前照灯はシールドビーム化はされずにオリジナルを保っています。

クモハ12 041は、現在はリニア・鉄道館に静態保存されているそうですが、HPの展示車両集を見ると、前面窓のHゴムが黒色になっていて見た目の印象が少し違います。

この写真を撮ってからも既に20年が経過しているのですね、時の流れは早いものです。


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by takurika54 | 2017-10-15 22:45 | 80年代 電気機関車 | Comments(0)

平成の画像 クモハ12 041

旧型国電が去った後も飯田線でイベント電車として運用されていたクモハ12 041です。

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(クモハ12 041 1997年3月か4月 伊那松島機関区にて)

この頃は鉄道から遠ざかっていて、旧車趣味だった頃に撮影しています。
1997年4月に長野県岡谷市にプリンス&スカイラインミュウジアムがオープンしたのですが、オープン前に旧車の搬入手伝いで行った際に、機関区を訪れたものです。

旧型国電が終焉を迎えて久しい時期でしたが、機関区へ訪問して構内での撮影をお願いすると、快く許可が下りました。
構内には、ED62が多数留置されていて、今調べてみると訪問した前年に飯田線北部の貨物輸送が事実上の終焉を迎えていたようで、運用が無くなったので出番の無いED62が多数居たようです。

クモハ12 041は、事業用のクモヤ22 112から旅客用に再改造され、イベント電車として第三の活躍の場を与えられていました。
正面さえ見なければ、17m級の旧型国電そのものです。両サイドとも乗務員扉横の窓が埋められていて違和感ありますが…。
シル・ヘッダーの間隔が短く、窓の高さ寸法が短めなため、全体的に腰高な印象です。


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by takurika54 | 2017-10-09 22:38 | その他 | Comments(0)

写真で綴る 飯田線の旧型国電

ネコパブリッシング/NEKO MOOKから、飯田線で活躍した旧型国電の雑誌が発刊され、思わず購入してしまいました。

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(ネコパブリッシングの通販HPより画像抜粋)

豊橋機関区の80系の紹介はホンのちょろっとで、流電をはじめとする戦前製の車が大半です。

基本、全車網羅されているようで、本というよりかは画像集的な感じで、手放せない蔵書のひとつとなりそうです。
一部はカラー写真もあり、巻末には模型の特集もあり、いかにもネコらしい構成に仕上がってます。

この流れで、大糸線や身延線、宇部線あたりの本も出ないかなぁ?


流電の活躍を見ることは叶いませんでしたが、合いの子クモハ53 008の画像でもどうぞ。

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(クモハ53 008 辰野駅にて 1980年8月(再掲))


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by takurika54 | 2017-03-09 01:52 | 80年代 飯田線 | Comments(0)

80年代 飯田線 EF10 31 その2

飯田線特集パート2第64弾です。

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(EF10 31 1982年4月1日 豊橋機関区にて(許可を得て構内にて撮影))

前回ご覧頂いたEF10 31は、正面がちの画像でしたが、今回の画像はもう少しサイドが分かる画像です。

休車明けの点検中で庫内にいたので、折角パンタが上がっているのに点検台が映り込んでいますが、今となっては貴重な画像が撮れたと自己満足しています。
EF10 31は今見ても格好良いですなぁ~~

サイドぎみに撮ると、特徴的な一体鋳鋼製の台車HT58の様子が良く見えます。
開閉可能な窓や扉は、全て開けてあるようです。

EF10 31は、後天性の改造によりヒサシが取り付けられていますが、ヒサシが無いとのっぺりした顔付きなので、EF10の角ボディ車はヒサシ付きの方が好きです。
各車輪毎に砂箱がありますが、砂箱から下に砂を供給する細い管が見えています。砂箱って案外外側に取り付けてあるのですね。
側面のナンバープレートは、暗くて車番が見えませんが、製造銘板は文字が白く塗られていたためか「日立」の文字が浮かんで見えます。

機関区内にいる車輛を撮影するのに、どんな手続きをすれば良いか考えた末、往復はがきで機関区に手紙を書き、構内入場の許可を求めました。
その時に、ご丁寧に機関区の方からお返事を頂きまして、ちゃんと当直助役に申し出て手続きすれば入場を許可するとありました。
恐らく、EF10 31を撮影したいとでも書いたのでしょう、お返事にはEF10 31の稼働予定についても書いて下さいました。
何故だか、その時に頂いた返信はがきをいまだに大事に持ってます。
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お名前の記載が無いので、どなたが書いて下さったのか不明ですが、古き良き時代ですね。

飯田線特集パート2は、これを持ちまして終了でございます。



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by takurika54 | 2016-06-11 00:48 | 80年代 飯田線 | Comments(0)

80年代 飯田線 EF10 31 その1

飯田線特集パート2第63弾です。これに会いたくて訪れました。

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(EF10 31 1982年4月1日 豊橋機関区にて)

ED62に置き換えられても、しぶとく1両だけ残っていたEF10 31です。
しばらく休車扱いで留置されていたのですが、4月1日から運転するとのことで、丁度訪れた時は運転前の点検中でした。

前面窓にはヒサシが取り付けられていて、尾灯は埋込式に改造されていますが、戦前製の旧型電機の貫録を醸し出していました。
前面窓はHゴム化されず、オリジナルのままです。運転台窓の右側の下の方に丸いポッチがありますが、元々はここにワイパーが付いていました。

運転前の点検中ゆえ、パンタが上がった状態です。もう少し待てば、庫から出てくるところが撮れたのかも知れません。
当時中学生の自分は、そんなことに気付かずにいました。今思うと口惜しいですね。

EF10 31の後方に居るED62は、画像拡大してみるとED62 18でした。


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by takurika54 | 2016-04-23 12:54 | 80年代 電気機関車 | Comments(0)

80年代 飯田線 クハ85 104

前回ご紹介のクハ103と似た顔付きのクハ85です。
中学生の時、クラスメートからもらったプリントです。

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(クハ85 104 1981年か1982年 豊橋駅にて)

中学に上がると行動範囲も広がり、クラスの友人も青春18キップを使って遠征に出掛ける人が増えました。
長期の休みが明けると、それぞれが遠征先の写真を見せ合い、気に入った写真を交換したり譲り受けたりしてました。
これは、Y君からもらった写真です。

当時の飯田線の豊橋口では、朝夕のラッシュ用にクハ85+モハ80の2両増結運用があり、クハ85は104と108のたった2両だけ豊橋機関区に配置となっていました。
パッと見たところ、104か108か分からないのですが、僅かな識別点を発見しました。
前照灯下、前面窓の上部にある手すりの位置が僅かに違います。
 クハ85 104:手すり取付位置がやや下め
 クハ85 108:手すり取付位置が前照灯と前面窓の丁度中間

再掲ですが、クハ85 108の画像もどうぞ。僅かな取付位置の違いがお分かり頂けるかと思います。
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(クハ85 108 1982年春 豊橋駅にて(再掲))


クハ85 104は、付随車のサハ87に運転台を設けたもので、ローカル線へ都落ちする際に短編成化すると制御車が足りなくなることから、付随車であるサハやサロから改造されています。顔付きは103系の高運転台車によく似ていますが、前照灯が1灯になっているあたりが垢抜けない魅力となっています。


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by takurika54 | 2016-03-21 15:34 | 80年代 飯田線 | Comments(2)

80年代 飯田線 旧型国電の台車その6 TR48

飯田線特集パート2第62弾です。
今回の旧国の台車はTR48です。

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(TR48 クハ86 366(恐らく) 1982年春 伊那松島駅にて)

80系や70系の制御車が履いていたTR48です。
モーターを持たない台車なので、これまでご紹介してきたDT台車とは見た目から構造に違いがあるのが分かります。
車軸部は、箱状の軸箱が無くてコロ軸になっています。戦後の車両は、産業育成のためコロ軸を採用することに腐心したのだとか。
EF58をはじめさまざまな台車にコロ軸が採用されています。コロ軸は、長距離や高速運転に適していたので、中長距離運用を想定していた80系には無くてはならない装備だったと思います。

クハ86は、当時は余り好きな車両では無かったので、まともな写真はありません。
以前ご紹介したモハ80 345と連続したカットでしたので、恐らくM+Tcでペアを組んでいたクハ86 366が履いていたものと思われます。

飯田線の旧国の台車のご紹介は以上になります。


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by takurika54 | 2016-02-21 08:59 | 80年代 飯田線 | Comments(0)

80年代 飯田線 旧型国電の台車その5 DT20

飯田線特集パート2第61弾です。
今回の旧国の台車はDT20です。

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(DT-20 モハ80 1982年春 豊橋機関区にて(許可を得て構内にて撮影))

DT-20は、国鉄最後の吊掛け台車だそうで、80系のモハ80や70系のモハ70、73系でもモハ72に採用されたそうです。
パッと見は、新性能車用の台車のように見えます。

調べると、西武鉄道のE31機関車も履いているそうです。

豊橋機関区で撮ったものですが、自分の背後にいるクハ47かクモハ53あたりの2扉車が映り込んでしまっていて、湘南色の緑色が映えない写りになっています。

この車ではないのですが、モハ80の画像もご紹介しておきましょう。

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(モハ80 345 1982年春 伊那松島駅にて(再掲))

DT-12あたりとは違い、明らかに近代的なつくりで、吊掛け台車の最後を飾るにふさわしい重厚感を醸し出しています。


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by takurika54 | 2016-01-25 00:32 | 80年代 飯田線 | Comments(2)

80年代 飯田線 旧型国電の台車その4 DT16

飯田線特集パート2第60弾です。
今回の旧国の台車はDT-16です。

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(DT-16 クモニ83 102 1982年春 伊那松島駅にて)

クモニ83が履いていた台車です。
73系が履いていたDT-15の流れをくみ、高速用台車として登場しています。
モハ70やモハ80も履いていたようですね。

クモニ83 102ですが、荷物室扉や乗務員扉はオリジナルの木製のままだったようです。
鋼板製であれば、窓下の凹みは無くのっぺりしていたはずです。

再掲ですが、折角なのでクモニ83 102の画像もご覧頂きましょう。

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(クモニ83 102 1982年春 伊那松島駅にて(再掲))

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(クモニ83 102とクハ86 1982年春 豊橋機関区にて(再掲))

検査掛が丁度DT-16の点検をしているところでしたね。


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by takurika54 | 2016-01-10 00:54 | 80年代 飯田線 | Comments(0)

80年代 飯田線 旧型国電の台車その3 DT12

飯田線特集パート2第59弾です。
今回の旧国の台車はDT12です。

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(DT12 クモハ51 200 1982年春 伊那松島機関区にて(許可を得て構内にて撮影))

客車用のTR23に極似ですが、軸距を2450mmから2500mmに延長してモータが収納出来るようになっています。
車輪径も50mm大きくなって910mmになっているんだとか。

プレート車輪なので、吊掛けモータの状態がよく分かりません。
鋳鉄製の制輪子だけが赤茶けていて目立っています。

クモハ51 200は、元々は2扉車のクモハ43を戦時中に輸送力増加のために3扉化された車ですが、元がクモハ43なので車体はリベットごつごつなのが見えます。
乗降扉は全体が写っていないのですが、Hゴムでは無いので横桟付きのプレス扉のようです。
くつズリや扉は、少し錆びが浮いています。これもまた味ですね。


再掲ですが、せっかくなのでクモハ51 200の画像もどうぞ。

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(クモハ51 200 伊那松島機関区にて(許可を得て構内にて撮影) いずれも再掲)


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by takurika54 | 2015-12-19 23:44 | 80年代 飯田線 | Comments(0)