タグ:旧性能車 ( 136 ) タグの人気記事

80年代 阪急1604

嵐山駅で出番待ちの阪急1604です。

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(阪急1604 1982年初秋頃? 阪急嵐山線嵐山駅にて)

次の運用まで待機中だったようです。
親子が映り込んでしまうので、早く立ち去って欲しかったのですが、いつまでも乗務員扉をがちゃがちゃしていて止む無く撮影したものです。

阪急1600系は、見た目は新性能車の1100系と変わりませんが、京都線100系(いわゆるP-6)の主電動機を流用して誕生した車なので、吊掛車で旧性能車の部類になります。車掌側と貫通扉の窓は、白色のHゴム化されています。前照灯も2灯シールドビーム化されています。

1100系、1200系、1300系、1600系と、このスタイルは阪急の一時代を築きましたが、どこか垢抜けないスタイルで、茶坊主のようです。
昔の関西では、70系が茶色一色に塗られていて茶坊主と呼ばれていたようですが、湘南スタイルでは無いですが阪急の茶坊主と勝手に思っています。

再掲ですが、桂駅で撮った阪急1602の画像もご紹介しておきましょう。


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(阪急1602 1982年初秋頃? 阪急京都線桂駅にて)


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by takurika54 | 2016-07-16 13:58 | 80年代 阪急電鉄 | Comments(0)

80年代 阪急812

阪急伊丹線稲野駅です。

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(阪急812 1982年早春頃 阪急伊丹線稲野駅にて)

中学の同級生が、伊丹線の吊掛け走行音を録音しに行くとの話しで、一緒について行った時の写真です。
伊丹へ向かう途中に、違う車両に乗り換えたと記憶しているのですが、塚口方面へ向かう812を撮影したものだと思われます。

810系は、当時伊丹線と今津線で使用されていましたが、伊丹線では4両編成でした。

前照灯が、2灯シールドビーム化され、屋根に埋め込み式となっており、外観を大きく損ねていますが、先頭車に前パンを上げた姿は非常に好ましいです。
片開き扉の間には4連の窓が並んでおり、窓枠はニス塗り仕上げだそうです。

ウィキによれば、812編成は810系最初の廃車として1983年に姿を消しているそうです。


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by takurika54 | 2016-06-19 23:02 | 80年代 阪急電鉄 | Comments(0)

80年代 阪急959

中学の時の友人からもらったネガプリントです。

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(阪急959 1978年頃 西宮北口~阪神国道間にて)

今津線の運用に就く阪急959です。
西宮北口を出て今津方面へ向かうところのケツうちです。

阪急959は、920系の制御車なのですが、前照灯の後方の屋根上には何やら踏み板のようなものが見えます。これって何でしょう?
以前ご紹介した阪急973の屋根上にはこのようなものは見当たりません。

阪急973は同じ制御車ですが、前照灯の取付位置がやや高いですね。
再掲ですが、比較のため973の画像もご覧頂きましょう。

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(阪急973 1981年頃 夙川~苦楽園口間にて(再掲))



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by takurika54 | 2016-04-03 18:17 | 80年代 阪急電鉄 | Comments(0)

80年代 飯田線 クハ85 104

前回ご紹介のクハ103と似た顔付きのクハ85です。
中学生の時、クラスメートからもらったプリントです。

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(クハ85 104 1981年か1982年 豊橋駅にて)

中学に上がると行動範囲も広がり、クラスの友人も青春18キップを使って遠征に出掛ける人が増えました。
長期の休みが明けると、それぞれが遠征先の写真を見せ合い、気に入った写真を交換したり譲り受けたりしてました。
これは、Y君からもらった写真です。

当時の飯田線の豊橋口では、朝夕のラッシュ用にクハ85+モハ80の2両増結運用があり、クハ85は104と108のたった2両だけ豊橋機関区に配置となっていました。
パッと見たところ、104か108か分からないのですが、僅かな識別点を発見しました。
前照灯下、前面窓の上部にある手すりの位置が僅かに違います。
 クハ85 104:手すり取付位置がやや下め
 クハ85 108:手すり取付位置が前照灯と前面窓の丁度中間

再掲ですが、クハ85 108の画像もどうぞ。僅かな取付位置の違いがお分かり頂けるかと思います。
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(クハ85 108 1982年春 豊橋駅にて(再掲))


クハ85 104は、付随車のサハ87に運転台を設けたもので、ローカル線へ都落ちする際に短編成化すると制御車が足りなくなることから、付随車であるサハやサロから改造されています。顔付きは103系の高運転台車によく似ていますが、前照灯が1灯になっているあたりが垢抜けない魅力となっています。


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by takurika54 | 2016-03-21 15:34 | 80年代 飯田線 | Comments(2)

80年代 飯田線 旧型国電の台車その6 TR48

飯田線特集パート2第62弾です。
今回の旧国の台車はTR48です。

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(TR48 クハ86 366(恐らく) 1982年春 伊那松島駅にて)

80系や70系の制御車が履いていたTR48です。
モーターを持たない台車なので、これまでご紹介してきたDT台車とは見た目から構造に違いがあるのが分かります。
車軸部は、箱状の軸箱が無くてコロ軸になっています。戦後の車両は、産業育成のためコロ軸を採用することに腐心したのだとか。
EF58をはじめさまざまな台車にコロ軸が採用されています。コロ軸は、長距離や高速運転に適していたので、中長距離運用を想定していた80系には無くてはならない装備だったと思います。

クハ86は、当時は余り好きな車両では無かったので、まともな写真はありません。
以前ご紹介したモハ80 345と連続したカットでしたので、恐らくM+Tcでペアを組んでいたクハ86 366が履いていたものと思われます。

飯田線の旧国の台車のご紹介は以上になります。


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by takurika54 | 2016-02-21 08:59 | 80年代 飯田線 | Comments(0)

80年代 阪急943 その1

4年ほど前にこのブログを立ち上げた時の最初の記事は阪急973でしたが、この編成の甲陽園側の先頭車が阪急943です。

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(阪急943 1982年頃 夙川駅~苦楽園駅間にて)

この前の年あたりまでは、甲陽線には800系の3連×2編成が充当されていたのですが、800系が甲陽線から居なくなった後はてっきり1100系が来るものと思っていただけに920系の登場は非常に喜んだ記憶があります。

800系は、前照灯がケースに収納されたタイプで外観を大きく損なっていたのですが、920系はオリジナルの前照灯を2灯化したようなタイプでしたので、同じ旧型車でも920系の方が好きでした。その920系が地元の甲陽線に充当されたのですから、喜びもひとしおだったのでしょう。
しかも、900系と920系は、小学生時代に塾通いする時によく乗った車両でしたので、親しみもありました。

手前に構造物があり、足廻りが良く見えないのですが、住友金属で製造されたボールドウィン形のKS33Eを履いています。私鉄では多く採用された台車だそうです。

車体はツヤがあります、甲陽線充当の際の編成組み替えの時にでも整備されたのでしょうか。

この編成の最後尾車両(阪急973)の記事はこちらです。


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by takurika54 | 2016-02-14 11:15 | 80年代 阪急電鉄 | Comments(0)

80年代 飯田線 旧型国電の台車その5 DT20

飯田線特集パート2第61弾です。
今回の旧国の台車はDT20です。

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(DT-20 モハ80 1982年春 豊橋機関区にて(許可を得て構内にて撮影))

DT-20は、国鉄最後の吊掛け台車だそうで、80系のモハ80や70系のモハ70、73系でもモハ72に採用されたそうです。
パッと見は、新性能車用の台車のように見えます。

調べると、西武鉄道のE31機関車も履いているそうです。

豊橋機関区で撮ったものですが、自分の背後にいるクハ47かクモハ53あたりの2扉車が映り込んでしまっていて、湘南色の緑色が映えない写りになっています。

この車ではないのですが、モハ80の画像もご紹介しておきましょう。

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(モハ80 345 1982年春 伊那松島駅にて(再掲))

DT-12あたりとは違い、明らかに近代的なつくりで、吊掛け台車の最後を飾るにふさわしい重厚感を醸し出しています。


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by takurika54 | 2016-01-25 00:32 | 80年代 飯田線 | Comments(2)

80年代 飯田線 旧型国電の台車その4 DT16

飯田線特集パート2第60弾です。
今回の旧国の台車はDT-16です。

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(DT-16 クモニ83 102 1982年春 伊那松島駅にて)

クモニ83が履いていた台車です。
73系が履いていたDT-15の流れをくみ、高速用台車として登場しています。
モハ70やモハ80も履いていたようですね。

クモニ83 102ですが、荷物室扉や乗務員扉はオリジナルの木製のままだったようです。
鋼板製であれば、窓下の凹みは無くのっぺりしていたはずです。

再掲ですが、折角なのでクモニ83 102の画像もご覧頂きましょう。

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(クモニ83 102 1982年春 伊那松島駅にて(再掲))

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(クモニ83 102とクハ86 1982年春 豊橋機関区にて(再掲))

検査掛が丁度DT-16の点検をしているところでしたね。


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by takurika54 | 2016-01-10 00:54 | 80年代 飯田線 | Comments(0)

80年代 クモニ13 015

高槻電車区に入構許可頂いた時の画像です。

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(クモニ13 015 1981年頃 高槻電車区にて(許可を得て構内にて撮影))

配給車を撮影したくて、友達と一緒に西宮から高槻まで遠征して撮影したものです。
アポ無しの突然の訪問にも係らず、応対してくれた職員さんの好意で入構を許可されました。

で、事務所のすぐ脇に居たのがクモニ13 015です。

パンタが上がっておらず、乗務員扉も開けっ放しで、車体の向こう半分に夕陽があたっていて、ちょっと残念な画像ですが、今となっては貴重な記録です。
雑誌で見る関東のクモニ13は運転台窓がHゴム化されず、当時は羨ましく思ってましたが、運転台窓だけが白Hゴムの顔立ちも悪く無いです。

当時、関西での荷物運用はクモニ83が就いていたので、クモニ13は本来の運用には就くことが無かったと思います。

クモニ13 015は、真ん中の扉の幅を広げて荷物扉を作ったので、扉間の窓は手前側は3枚、向こう側は4枚となっています。因みに種車の窓は4枚づつです。
左右の荷物扉は、種車のままの幅となっています。荷物扉部は、いずれも内側に凹んだものになっています。
パンタは上がってませんが、PS13が搭載されています。

先月、NEKO MOOK鉄道車輛ガイドvol.21「クモハ12とクモニ13」が発刊され、クモニ13 015も79頁に写真が1枚だけ掲載されています。
本刊の写真はパンタ側のものですので、この写真と反対側から撮ったものですね。
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NEKO MOOKシリーズは、型式写真やクローズアップした写真が多く掲載されていて、模型製作にはなかなか有益な本です。
クモハ12もクモニ13も、私の模型のジャンルからは外れているので、製作予定は無いのですが、懐かしさにこの本だけは購入してしまいました。


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by takurika54 | 2015-12-24 00:54 | 80年代 旧型国電 | Comments(0)

80年代 飯田線 旧型国電の台車その3 DT12

飯田線特集パート2第59弾です。
今回の旧国の台車はDT12です。

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(DT12 クモハ51 200 1982年春 伊那松島機関区にて(許可を得て構内にて撮影))

客車用のTR23に極似ですが、軸距を2450mmから2500mmに延長してモータが収納出来るようになっています。
車輪径も50mm大きくなって910mmになっているんだとか。

プレート車輪なので、吊掛けモータの状態がよく分かりません。
鋳鉄製の制輪子だけが赤茶けていて目立っています。

クモハ51 200は、元々は2扉車のクモハ43を戦時中に輸送力増加のために3扉化された車ですが、元がクモハ43なので車体はリベットごつごつなのが見えます。
乗降扉は全体が写っていないのですが、Hゴムでは無いので横桟付きのプレス扉のようです。
くつズリや扉は、少し錆びが浮いています。これもまた味ですね。


再掲ですが、せっかくなのでクモハ51 200の画像もどうぞ。

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(クモハ51 200 伊那松島機関区にて(許可を得て構内にて撮影) いずれも再掲)


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by takurika54 | 2015-12-19 23:44 | 80年代 飯田線 | Comments(0)