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平成の画像 東急デハ70形 デハ72

ネタが切れつつあるので平成になってからの画像もご紹介しましょう。
既に鬼籍入りした東急世田谷線の旧型車両です。

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(東急デハ70形 デハ72 平成10年/1998年頃? 東急世田谷線宮の坂駅にて)

子供らがまだ保育園に通っていた頃、宮の坂の区民センターにある江ノ電から戻ってきたデハ87を見に行った時に、ついでに撮影したものです。

戦中製の車ですが、車体更新され張り上げ屋根になり、更に前照灯は屋根上からボディに埋め込まれシールドビーム化されていて、かなり近代化された印象です。
排障器があってチンチン電車然としていますが、全線専用軌道を走っており、吊掛けモータをそれなりに唸らせて走っていました。

今は、300系に置き換えられて保存車も無いのですが、一部の機器は300系に流用されているんだそうです。


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by takurika54 | 2016-12-25 21:08 | その他 | Comments(2)

80年代 クモハ60 022

またまた頂き物の画像です。大糸線の旧型国電です。

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(クモハ60 022 撮影年月不明 松本駅(?))

元から左端が切れています。

ノーシル・ノーヘッダーのクモハ60 022です。
幌枠も無く、サボ挿しも無く、ツルツルした印象です。

飯田線/伊那松島区の車と違って、大糸線に転属以降にHゴム化されることも無く、助手席側の窓桟も残っています。
転属前にHゴム化されている車は別ですが…。

中学生の頃、家族旅行で信州戸隠へ行った時に、飯田線に寄るか大糸線を見るか迷った挙句、飯田線を選んだのですが、飯田線はその後一人旅で2度目の訪問をしたので、今思えば大糸線に行っておけばよかったと後悔しきりです。
大糸線には車種多彩で、魅力的な車が多く残っていたのにね。

スカイブルー単色の旧型国電も、これはこれで格好良いです。

(頂き物画像の掲載に問題がありましたらお知らせ下さい)

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by takurika54 | 2016-12-23 22:46 | 80年代 旧型国電 | Comments(2)

80年代 クモハ73 043とクモハ73 049の並び

頂き物の画像の続きです。

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(クモハ73 043とクモハ73 049の並び 撮影年月不明 城川原駅にて)

単線の富山港線において、城川原駅にて交換するところです。
駅員さんがタブレットを渡す光景です。

左のクモハ73 043は先日ご紹介しましたが、右はクモハ73 049と思われます。
形態は似ているのですが、クモハ73 049は配管が全面に露出していません。配管は、屋根上で車体内にルートを取っているためです。
また、運転台窓の下には丸型のベンチレータが設置されています。

どちらの車も関西地区で活躍したようで、3点支持のサボ掛けが残ってます。


同じような形態は、横川線の車両で撮影しています。再掲ですがこちらもご覧下さい。

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(クモハ73 009 1980年夏 横川派出所にて)

空気管や電源母線は露出していないタイプで、運転台下のベンチレータは横長長方形の蓋状のものになっています。
こちらは、サボ刺しが箱型になっています。


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by takurika54 | 2016-12-17 16:40 | 80年代 旧型国電 | Comments(0)

80年代 クハ79 934

頂き物の画像の続きです。

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(クハ79 934 撮影月日不明 城川原駅にて)

全車が全金属製に置き換わってから、富山港線のクハ79は920番台に統一されてしまい、クモハよりも判別が難解になっています。
窓枠にRがついていることと、車体側面の車番の上に蓋があることから934番と特定した次第です。

富山港線では、前面にサボの掲示は無く、行先幕も運用番号幕も使用されなかったようです。
基本、岩瀬浜と富山の往復で、城川原始発や終着がある程度なので、行先を掲示する必要は無かったのでしょうね。

正面窓は内側に傾斜しており、ちょっと垢抜けない101系のようです。


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by takurika54 | 2016-12-11 23:18 | 80年代 旧型国電 | Comments(0)

80年代 クモハ73 043

頂き物の画像です。
当時、撮った写真をやり取りしていたTさんから頂いたネガプリントをスキャンしたものです。

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(クモハ73 043 撮影月日不明 城川原駅にて)

富山港線には、スカイブルーの全金属車の72系が配置されていました。
この車は、前面に関西式のサボ掛けの名残があり、関西地区から御殿場線に流れついた後に富山港線に回ってきた車だそうです。

前面の左右両端にはパンタ用の空気管と電源の母線用の配管が露出しているのがこの車の特徴です。
前照灯は車体に埋め込みになっています。この頃は照度UPのためにシールドビーム化された車も多かったですが、富山港線の73系はシールドビーム化はされませんでした。

72系の走る富山港線どころか、475系等の交直流化された後も訪れることはありませんでした。今はご承知の通りライトレール化されています。

(頂き物の画像ですが、もし写真掲載に問題あればご連絡下さい)


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by takurika54 | 2016-12-04 16:19 | 80年代 旧型国電 | Comments(0)

荷電クモニ83 その2

だいぶ以前にご紹介したクモニ83のケツ撃ちです。

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(クモニ83 1979年頃 芦屋~西ノ宮間にて)

京阪神間の荷電は、比較的早くから旅客との併結を止めて単独運用になっていたそうです。
何度か見ることがありましたが、いつもクモニ83×2両だったと記憶しています。

丁度、夙川の橋梁を渡りきったところをケツ撃ちしています。
以前ご紹介してから4年ほど経つので、再度ご覧頂きましょうか。

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((再掲)クモニ83 撮影年と撮影場所は同じ)

おでこの方向幕(?)に「荷」とだけ書かれたのが何とも好ましいです。


16番で、TOMIXからプラ製のクモニ83が発売になり、その発売に合わせるかのようにNEKO MOOKから「鉄道車輛ガイド クモニ83と仲間たち」が刊行されました。
小生の鉄道模型のテーマには電化車両は含まれないのですが、一先ず本は買いました。TOMIXのクモニ83も何だか衝動買いしそうで怖い…

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(鉄ホビのHPより転載)

今の鉄道は、お客の乗らない車輛が極端に減ってしまい、元々働く車や働く鉄道車輛が好きな小生としてはつまらないです。
とても昭和な車両のご紹介でした。


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by takurika54 | 2016-11-13 00:15 | 80年代 旧型国電 | Comments(4)

80年代 阪急947 その2

西宮車庫に2度目に入場した時の画像です。

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(阪急947 1982年1月6日 阪急電鉄西宮車庫にて(許可を得て構内で撮影))

どうも4両編成のようですので、伊丹線で運用されていた頃の画像です。
夕刻なので、夕陽をバックに暗い画像で恐縮です。

阪急947は、920系の電動車です。ベースは戦前製ですが、943~947は戦後の生まれです。
戦後製の車は、アンチクライマーが3段で小振りです。また、ウィンドウヘッダーがリベット留めでは無くなっています。

右隣の編成は5200系か5000系といったところでしょうか?車番が見えないのが残念です。

今なら、突然アポ無し現れた中学生を入構させてくれることは無いのでしょうが、当時は夕方のラッシュアワーを控えている時間帯なのに、快く案内してくれておおらかな時代でした。


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by takurika54 | 2016-10-16 14:19 | 80年代 阪急電鉄 | Comments(0)

80年代 阪急716 その2

桂駅より嵐山駅へ向けて出発したところのケツ撃ちです。

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(阪急716 1981年冬頃 阪急京都線桂駅にて)

例によって撮影日が不確かですが、前サボが新しくなっているので1981年3月以降に撮ったものです。
車掌は上着を着用しており、前後に写っている人はコートを着ているので冬に撮ったものと思われます。

ぱっと見は、当時今津線で活躍していた810系とほとんど変わりがありません。前照灯シールドビーム化の処理も同じです。
どうやら台車が違うようですが、振り替えがあったようでして、ここで見えている台車は何の型式かは不明です。

前パンを大きく張り上げて出てゆく様は格好よいですねぇ。


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by takurika54 | 2016-09-04 23:00 | 80年代 阪急電鉄 | Comments(0)

80年代 クモヤ91 002 その4

大阪駅で捉えたクモヤ91 002の画像の4枚目です。

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(クモヤ91 002 1981年3月31日 大阪駅にて)

横桟の入ったプレス扉と、特徴的な3段窓をクローズUPして撮影しました。

戦時設計されて登場した63系は、この時代を反映して客室窓は3段となっていています。
戦後間もない当時は窓ガラスが極端に不足し、窓を3段に分割することでひとつひとつのガラスは小さくなり、補充のし易さを狙ったものでした。
元々は、真ん中の段の窓は固定されていて、下段と上段が可動して、座った客にも立った客にも風が通るように設計されていたとのこと。
しかしながら、これが災いして、桜木町事故の際は窓から乗客が逃げれず多数の犠牲者を出すことになり、真ん中の固定窓も可動出来るように改善され、その他改善も盛り込んで72系に生まれ変わりました。
クモヤ91 002は、生まれ変わったモハ72より改造して誕生しています。

乗降扉上にはヘッダー無しです。戦前製の車とは違います。

再掲ですが、1枚目の画像をもう一度ご覧頂きましょう。
恐らく、検査明けの特急車両の試運転列車だと思われます。中線に入線して、しばらく停車していました。
日曜の昼間とは言え、当時は大ターミナル駅の大阪駅でも、こんな珍列車を普通に見ることが出来たのですね。
今なら大騒ぎになることでしょう。

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(撮影場所、撮影年月は同じ)


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by takurika54 | 2016-07-24 12:16 | 80年代 旧型国電 | Comments(2)

80年代 阪急1604

嵐山駅で出番待ちの阪急1604です。

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(阪急1604 1982年初秋頃? 阪急嵐山線嵐山駅にて)

次の運用まで待機中だったようです。
親子が映り込んでしまうので、早く立ち去って欲しかったのですが、いつまでも乗務員扉をがちゃがちゃしていて止む無く撮影したものです。

阪急1600系は、見た目は新性能車の1100系と変わりませんが、京都線100系(いわゆるP-6)の主電動機を流用して誕生した車なので、吊掛車で旧性能車の部類になります。車掌側と貫通扉の窓は、白色のHゴム化されています。前照灯も2灯シールドビーム化されています。

1100系、1200系、1300系、1600系と、このスタイルは阪急の一時代を築きましたが、どこか垢抜けないスタイルで、茶坊主のようです。
昔の関西では、70系が茶色一色に塗られていて茶坊主と呼ばれていたようですが、湘南スタイルでは無いですが阪急の茶坊主と勝手に思っています。

再掲ですが、桂駅で撮った阪急1602の画像もご紹介しておきましょう。


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(阪急1602 1982年初秋頃? 阪急京都線桂駅にて)


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by takurika54 | 2016-07-16 13:58 | 80年代 阪急電鉄 | Comments(0)