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80年代 クハ155 19

豊橋駅で捉えた元修学旅行用車両のクハ155です。

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(クハ155 19 1982年4月1日 豊橋駅にて)

元々は、「ひので」「きぼう」の修学旅行用に作られた車両ですが、修学旅行が新幹線へシフトされていったことにより本来の用途を無くし、153系と混用出来るよう種々改造されて名古屋地区で使われていたものです。宮原区に居たものが、改造のうえ大垣区へ転籍となったようです。
先頭車ですが、編成の中間におりました。

左右の車両(153系)と比べ、乗降扉幅が狭いです。153系は1000㎜あるそうですが、特急車並みの700㎜しかないです。
屋根は全体にわたり低屋根構造で、ぺったんこな感じです。通風器は押込型ではなく、グローブ型です。グロベンとグロベンの間にお椀を伏せたようなものが見えますが、これは扇風機取付のための出っ張りです。

ちょっと見辛いのですが、153系なら運転台下部にあるスカートがクハ155にはありません。軽量化やコストカットではじめから無いそうです。

クハ155 19は、最終増備のグループだそうで、運転台上部にある最前部の通風器が押込型なのと、雨樋が乗務員扉上まで延長されているのが特徴だそうです。

155系は、結局冷房改造されることなく、撮影からしばらくして運用から外され、西小坂井駅での留置を経て解体されたそうです。


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by takurika54 | 2016-09-11 09:33 | 80年代 電車 | Comments(0)

80年代 神戸電鉄1000系

中学校の友人と船坂峠を越えて西宮から三田まで自転車旅行した時の写真です。

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(神戸電鉄1000系 1980年頃 横山~神鉄道場間にて(たぶん))

築堤を駆け上がる神戸電鉄1000系です。撮影場所は定かでは無いのですが、路線バスが走る街道沿いから撮ったので、恐らく横山~神鉄道場の間かと思われます。
普段、神鉄にお目にかかることは無くて、やってきた列車を珍しくで撮った記憶があります。

旧塗装をまとい、パンタ2丁を上げて、中々格好良いです。
1000系は、今ある神鉄の新性能車の基礎を作った車両のようですが、両開きの乗降扉を採用したり意欲的な車両だったようです。

この頃の三田口では、2両編成に片運転車を1両増結した3両編成が基本だったようです。最後尾の車が増結の車両で1050系と区別されるそうですが、片運転車と言いながら単行運転が可能だったそうです。

ローアングルなので分かり辛いですが、非冷房の編成のようですね。

神鉄の写真は残念ながらこの1枚だけです。


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by takurika54 | 2016-08-15 16:35 | 80年代 私鉄 | Comments(0)

伊豆急100系 クモハ125

zug(ツーク)と言うメーカから16番で伊豆急100系のプラキットが発売されるそうで、本来私のカテゴリーでは無いのですが、伊豆急100系を1枚だけ撮影しているので、その画像とともにご紹介しましょう。

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(伊豆急 クモハ125 1999年夏 伊豆急 片瀬白田駅(たぶん)付近にて)

おやじおふくろと我が家とで伊豆高原へ旅行した際に、河津かどこかへ出掛ける途中に撮影してます。

ハワイアンブルーの名車だそうで、中々魅力的なカラーリングです。流石、観光地を走る電車です。自社発注の2扉のクロスシート車を揃えていたとは驚きです。
残念ながら、両運転台車のクモハ103を除いては全車廃車となってしまい、JRの113系に置き換え、その後東急の8000系に置き換えられたそうです。


zugから発売されるシリーズから、片運転台車が2両1組となった先頭車基本セットをご紹介しておきましょう。

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(zugのHPより転載)

何でも、サボやらが沢山含まれるデカールも発売されるそうで、何だかエラく気合いの入ったキットのリリースのようです。






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by takurika54 | 2016-06-29 01:05 | 鉄道模型 | Comments(0)

80年代 阪急1012

夙川駅で発車を待つ阪急1012です。

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(阪急1012 1982年8月 阪急夙川駅にて)

夕方遅い時間帯の撮影で、ピン甘の画像で恐縮です。

神戸線で各停運用に就いていた1010系ですが、短編成化されて今津線や甲陽園線に活躍の場を移してました。
その頃の画像です。
ローアングルで正面からの画像なので、サイドが見えませんが非冷房車です。

正面窓は、車掌側と貫通扉の窓に白色のHゴムがはまっています。前照灯は2灯化されています。

車両が変われど、このホームの長さと幅は今でも健在です。

ネット検索すると、1012の編成は次の通りだったそうです。
 甲陽園側 1012-1003-1013 夙川側

1013といえば、苦楽園口駅で1200系(1250)と交換する画像がありますので再掲します。
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(阪急1013 1982年8月 苦楽園口駅にて(再掲))



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by takurika54 | 2016-05-29 00:20 | 80年代 阪急電鉄 | Comments(0)

80年代 クハ103 低運転台ブタ鼻2灯

大阪環状線の103系です。

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(クハ103 1980年頃? 場所不明(弁天町駅か?))

交通科学館へ行った際のネガにあったので、恐らく弁天町駅で撮ったものと思われます。

低運転台ながら、前照灯は製造時からシールドビーム2灯化されたグループです。
当時、森ノ宮区には、クハ103 241~266と大量に配置されていたので、その中のどれかだと思います。
方向幕には「大阪環状線」と掲げられており、普段京阪神緩行線の「普通」とだけ素っ気なく掲げられた方向幕を見慣れていると、これだけで格好良く見えたものです。

今でも、大阪環状線には体質改善を受けた103系が現役ですが、今年2016年から遂に後継車「323系」が順次投入されることとなり、2018年には103系と201系は淘汰されるとのことです。
余りにも大量生産され、余りにもありふれた車輛だったので、当時は撮影対象として食指が動くことはありませんでしたが、今こうして見ると食パン的な面構えで質実剛健な感じは好ましいですね。


103系ネタは、福知山線に投入された高運転台車の画像がありますので、再掲します。高運転台車は面長な感じですよね。

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(クハ103 800番台 1981年3月 大阪駅にて(再掲))


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by takurika54 | 2016-03-12 11:46 | 80年代 電車 | Comments(2)

80年代 117系新快速その4

117系が新快速の運用に入った頃の画像がもう1枚残ってました。

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(117系新快速(クハ117) 1980年春頃 芦屋~西ノ宮間にて)

ちょっと流れてしまっている画像ですが、高速で大阪方面へ駆け抜ける117系です。
流電が登場した当時のカラーリングを模して、クリームと茶色に塗り分けられています。
前照灯を縁取るように、茶色のラインは正面にかけて帯幅が太くなっています。
153系新快速と違い、デッキの無い2扉の構造になっています。今の223系は3扉ですから、徐々に通勤対応の構造に進化されています。
改めて見ると、運転席側にも助手席側にもワイパーが2基づつあって、雨天時の視界性を良くしたようです。
足廻りは黒く塗られていたのでしょうか?引き締まって見えます。

新快速の表示(ヘッドマーク?)ですが、153系の頃の表示を踏襲したのか、黄色のカラーリングがされています。

踊り子号に使われている185系も、同じように非貫通で似た顔立ちをしていますが、ヘッドマークの位置と大きさが違うためか、印象が違います。
117系は少し野暮ったいと感じるのは私だけでしょうか??


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by takurika54 | 2016-02-28 23:13 | 80年代 電車 | Comments(0)

80年代 名鉄6000系

並走する名鉄6000系です。

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(名鉄6000系 1982年3月 場所不明)

飯田線を撮影に行った際、豊橋から名古屋へ向かう東海道線から並走する名鉄6000系を撮影したものです。

名鉄には詳しく無いのですが、先頭車の形状から6000系と判別した次第です。

乗務員扉横の窓はHゴム支持のタイプで、1~5次車がこれに当てはまるようです。
そのHゴムの窓に、私が乗車している車両のパンタが見えていますが、車種までは特定出来ませんね。
多分、153系だったと思うのですが…、定かではありません。

豊橋~名古屋間で、名鉄とJR(当時は国鉄)とが並走する場所はどこか?と思って地図を見ましたが、特定出来ませんね。
車窓の雰囲気からして、名古屋市内ではなさそうですし、東海道線と飯田線が並走する下地辺りでしょうか?
茶色い壁のギザギザ屋根した工場らしき建物しか特徴的なものが無くて… これでは手掛かりに乏しいですね。


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by takurika54 | 2015-10-12 21:57 | 80年代 私鉄 | Comments(0)

80年代 クハ165 急行こまがね

辰野駅に停車中の急行こまがねです。

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(クモハ165(急行こまがね) 1980年8月15日 辰野駅にて)

入線してきたところを撮影したようです。扉は閉まっており、客扱いしていないのですが、ホームには客が居るためそう判断した次第。

飯田線の優等列車ですが、飯田線は単線で交換駅も限られるためだと思いますが、駅に停まらないだけで決して速いダイヤとは言い難かったように思います。
家の引越で、古い時刻表がまだダンボールに入ったままなので実際のダイヤを確認出来てませんが…。

これは新宿向きの先頭車なので、クモハ165だと思いますが、外観上からはクハ165と見分けはつきません。
<修正>
通りすがり様からご指摘頂きました。クハ165とクモハ165は外観上見分けがつかない と書きましたが、屋根上に大きな違いがあるようです。
画像はクハ165で、押込み型ベンチレーターが見えているのが識別点だそうです。クモハ165は乗務員室上の屋根に、箱型したモータ冷却用通風器が2個並んでいるそうな。

原形の大型ヘッドライトが格好良いですね。もし現在の運用だったら、前照灯を点灯しているはずですから、入線時にはスモールにしてオレンジ色にぼや~っと鈍く灯っていたと思います。
この頃の急行列車は、増結や他列車と多層階運用で併結が多かったので、ホロ付きの車両はごく普通に見ることが出来ました。

左にチラリと映り込んでいる女の子は、どこかへお出掛けですね。
水色の夏服に藤編みのバスケットを持っています。


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by takurika54 | 2015-10-10 07:47 | 80年代 電車 | Comments(2)

80年代 0系新幹線 その2

この土日、更新出来なかったので月曜ながらUPします。
小郡駅の0系新幹線の画像をもう1枚ご覧頂きましょう。

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(0系新幹線 1979年春頃 小郡駅(現 新山口駅)にて)

今度は自分が写っていたのをトリミングしてます。左端に腕が見えてますがご容赦下さい。

今の新幹線は、先頭車両が尖っていてペン先が走っているような感じですが、0系は丸っこい姿をしています。

スカート部には、折り返しや羽根が付いていますが、雪やら障害物を運転席に巻き上げないようになっているのでしょうか?
スカートには排障器も付いていて、7本のボルトでスカートにがっちりと固定されています。

助手席側の正面窓と乗務員扉の窓には編成番号が掲示されています。「H53」となってます。16両編成時のひかり編成ですね。
昭島市図書館のつつじヶ丘分室として保管されている0系新幹線=21-100 は、元々H53編成だったそうですが、この画像の車両だったりして。


新幹線と言えば、10月18日(土)AM10:10頃にJR名古屋駅から新幹線に乗りましたが、改札入ったところで東海道新幹線50周年を記念したクリアファイルを無料で配ってました。ちゃっかり頂いてきましたのでご覧下さい。凝った造りではありませんが、ドクターイエローまで登場させて中々の出来だと思いませんか?

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by takurika54 | 2014-10-21 00:20 | 80年代 電車 | Comments(0)

80年代 0系新幹線

東海道新幹線50周年を迎えたそうで、小郡駅の0系新幹線です。

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(0系新幹線 1979年春頃 小郡駅(現 新山口駅)にて)

構図が変な画像ですが、実はホーム上に弟が写ってましてトリミングしてます。(ちょこっとだけ頭が見えてます)

晩年の0系は、山陽新幹線でこだま専用となり6両編成の短編成となってしまいましたが、当時は100系もデビューしておらず16両フル編成です。
0系のフル編成は今見るとなかなか見応えがありますね。

500系やN700系は先頭車の先が尖がっていますが、0系は丸みがあって卵っぽいですよね。
ブログを書きながら思い出しましたが、0系が停車する時には機械的な軋んだブレーキ音がしてましたよね。

0系は椅子が独立していなくて、現在の車両のように個人個人でリクライニングは出来なかったハズです。

会社に入社したての頃に広島方面へ出張に出掛けた際、0系のビュッフェでカレーライスを食べたことも思い出しました。

この時は、家族で秋芳洞と萩へ旅行に出掛けたのですが、新幹線に乗る前に小野田線の旧国(クハ55 081)を撮影してます。こちらもご覧下さいね。


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by takurika54 | 2014-10-05 16:58 | 80年代 電車 | Comments(0)