80年代 阪急4203

阪急の事業用車両です。

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(阪急4203 1982年1月6日 阪急西宮車庫にて(許可を得て職員同伴の元構内にて撮影))

西宮車庫には2度訪問したことは以前からお話ししている通りですが、2度目に訪問した際に撮影したものです。

いつも庫の前に居て、黒い車体を神戸線の車窓からいつも眺めることが出来ました。

阪急4203は、1形の残党だそうで、最後まで残った1形だったそうです。撮影した年に4050と交代して廃車となったとのことです。

屋根は元々はもっときれいな茶色だったと思いますが、すっかり色褪せてます。正面窓は結構小さいですね。
今なら、鉄道記念日に各社が車庫を一般開放して、普段見れない車を見ることも出来ますが、当時はそんなイベントも無く、こうして構内で撮影出来たことは非常にラッキーだったと思います。


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by takurika54 | 2017-03-26 20:12 | 80年代 阪急電鉄 | Comments(0)

80年代 クモヤ91 002 その4

大阪駅で捉えたクモヤ91 002の画像の4枚目です。

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(クモヤ91 002 1981年3月31日 大阪駅にて)

横桟の入ったプレス扉と、特徴的な3段窓をクローズUPして撮影しました。

戦時設計されて登場した63系は、この時代を反映して客室窓は3段となっていています。
戦後間もない当時は窓ガラスが極端に不足し、窓を3段に分割することでひとつひとつのガラスは小さくなり、補充のし易さを狙ったものでした。
元々は、真ん中の段の窓は固定されていて、下段と上段が可動して、座った客にも立った客にも風が通るように設計されていたとのこと。
しかしながら、これが災いして、桜木町事故の際は窓から乗客が逃げれず多数の犠牲者を出すことになり、真ん中の固定窓も可動出来るように改善され、その他改善も盛り込んで72系に生まれ変わりました。
クモヤ91 002は、生まれ変わったモハ72より改造して誕生しています。

乗降扉上にはヘッダー無しです。戦前製の車とは違います。

再掲ですが、1枚目の画像をもう一度ご覧頂きましょう。
恐らく、検査明けの特急車両の試運転列車だと思われます。中線に入線して、しばらく停車していました。
日曜の昼間とは言え、当時は大ターミナル駅の大阪駅でも、こんな珍列車を普通に見ることが出来たのですね。
今なら大騒ぎになることでしょう。

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(撮影場所、撮影年月は同じ)


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by takurika54 | 2016-07-24 12:16 | 80年代 旧型国電 | Comments(2)

80年代 鷹取工場のDD13と白帯の黒ワム

須磨の魚釣り公園に行った際に車窓から撮った画像です。

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(鷹取工場のDD13 1979年か1980年 鷹取~須磨間にて)

ネガ紛失のためプリントのスキャンで粗い画像で恐縮です。

前照灯は2灯タイプですが、残念ながら車番までは判別出来ません。
向こう側には、配給車の白帯をまいたワム60000と思しき黒ワムが何両も留置されています。

芦屋~西ノ宮間の本線ではディーゼル機関車を見ることはほとんど無かったので、鷹取では車窓越しにDD13が見れるのでワクワクしていたことを思い出します。

鷹取工場は、21年前の今日起きた阪神淡路大震災で大打撃をうけ、検修する機関車の減少も相まってその後工場閉鎖に追い込まれています。


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by takurika54 | 2016-01-17 11:06 | 80年代 ディーゼル機関車 | Comments(0)

80年代 クモニ13 015

高槻電車区に入構許可頂いた時の画像です。

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(クモニ13 015 1981年頃 高槻電車区にて(許可を得て構内にて撮影))

配給車を撮影したくて、友達と一緒に西宮から高槻まで遠征して撮影したものです。
アポ無しの突然の訪問にも係らず、応対してくれた職員さんの好意で入構を許可されました。

で、事務所のすぐ脇に居たのがクモニ13 015です。

パンタが上がっておらず、乗務員扉も開けっ放しで、車体の向こう半分に夕陽があたっていて、ちょっと残念な画像ですが、今となっては貴重な記録です。
雑誌で見る関東のクモニ13は運転台窓がHゴム化されず、当時は羨ましく思ってましたが、運転台窓だけが白Hゴムの顔立ちも悪く無いです。

当時、関西での荷物運用はクモニ83が就いていたので、クモニ13は本来の運用には就くことが無かったと思います。

クモニ13 015は、真ん中の扉の幅を広げて荷物扉を作ったので、扉間の窓は手前側は3枚、向こう側は4枚となっています。因みに種車の窓は4枚づつです。
左右の荷物扉は、種車のままの幅となっています。荷物扉部は、いずれも内側に凹んだものになっています。
パンタは上がってませんが、PS13が搭載されています。

先月、NEKO MOOK鉄道車輛ガイドvol.21「クモハ12とクモニ13」が発刊され、クモニ13 015も79頁に写真が1枚だけ掲載されています。
本刊の写真はパンタ側のものですので、この写真と反対側から撮ったものですね。
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NEKO MOOKシリーズは、型式写真やクローズアップした写真が多く掲載されていて、模型製作にはなかなか有益な本です。
クモハ12もクモニ13も、私の模型のジャンルからは外れているので、製作予定は無いのですが、懐かしさにこの本だけは購入してしまいました。


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by takurika54 | 2015-12-24 00:54 | 80年代 旧型国電 | Comments(0)

80年代 飯田線 クモヤ22 201

飯田線特集パート2第49弾です。

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(クモヤ22 201 1982年春 豊橋機関区にて)

クモニ13から改造した車です。荷物扉はそのままですので、見た目はクモニ13そのものです。
これでスカ色に塗られていたら、クモニ13 025や026と同じに見えます。
伊那松島区の車両と違って、豊橋区の車両は運転台窓がHゴム化されることもなくオリジナルを保っていて好ましいです。
前面は、食パンを切ったみたいな面構えで73系のように見えます。サボ受けがあるのも好ましいです。

一番端っこの留置線にクエ28 100とともに留置されていました。クエ28 100は、見た目が余りにも醜いので写真は撮らなかったようです。今思えばちゃんと撮っておけばよかった…。

隣りにはクハ86が休んでいます。
この撮影の4年前だったら、流電のクモハ52が居たのですが、1978年は未だ小学生だったので関西から遠路見に行くことは叶いませんでした。
当時は中学受験するために塾通いしていて、それどころでは無かったのです。(結果は… 受験は失敗して公立中学に通うことになった)



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by takurika54 | 2015-06-14 11:55 | 80年代 飯田線 | Comments(0)

80年代 飯田線 クモル23 050

飯田線特集パート2第48弾です。

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(クモル23 050 1982年春 豊橋駅にて)

前回ご覧頂きましたクモヤ22 113の編成は、一旦名古屋方面へ引き上げたのですが、そのうち下り本線から上り本線に渡ってまた豊橋駅へ戻ってきました。
今度はクモル23 050を撮影することが出来ました。

車体中央が無蓋状態となっていて、車輪やら重量物が載せられるようになっています。この時は、何やら構造物のようなものが載っているように見えますが…。

クモル23 050は、前面窓がHゴム支持の2枚ものになっていて、更にかなり深く傾斜が付けられているのが特徴で、このような改造を受けたクモルやクモヤは他には居なかったように思います。
常用使いが飯田線を想定していたためか、運転席窓にはデフロストがついています。
車庫で眠っているとパンタは畳んでありますので、本線走行でパンタが上がっている写真は何気に貴重ではないでしょうか?ちなみにパンタはPS13です。

他のクモル23は、営業車のクモハ11から改造されているので乗降扉が残っていましたが、クモル23 050はクモニ13から改造されているので、一段凹んだ左右スライドする荷物扉となっているのも特徴です。

隣りに名鉄の車両が見えていますので、クモル23 050が停車しているのは豊橋駅の4番線ホームでしょうか?


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by takurika54 | 2015-06-06 13:26 | 80年代 飯田線 | Comments(0)

80年代 飯田線 クモヤ22 113 その2

飯田線特集パート2第47弾です。

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(クモヤ22 113 1982年春 豊橋駅にて)

ちょっと遠くて小さい画像で恐縮です。
これを撮影した前日、雨の中に単機で豊橋駅に停車しているクモヤ22 113を撮影してますが、この日は終日豊橋にいて構内を行ったり来たりしていたところに突如現れたものです。
しかも、この日は単機では無くて配給車と一緒でした。豊橋界隈で見れる配給車といえば、クモル23 050ですよね。

この編成は、一旦豊橋機関区方面へ引き上げたのですが、のちほど豊橋駅に戻ってきたので、ちゃんとクモル23 050も撮影することが出来ました。
クモル23 050は次にご紹介することにしましょう。


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by takurika54 | 2015-05-30 22:47 | 80年代 飯田線 | Comments(0)

80年代 飯田線 クモヤ22 113

飯田線特集パート2第46弾です。

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(クモヤ22 113 1928年春 豊橋駅にて)

飯田線訪問時、豊橋駅に降り立つと、まず最初に出迎えてくれたのがクモヤ22 113でした。
ただ、単機で停車していたので、何の運用だったかは分かりません。

牽引車として、クモヤ22 112と一緒に豊橋機関区に所属してました。
クモヤ22 112は、のちにイベント用としてクモハ12 041となって復活し平成の時代まで生き続け、現在はリニア・鉄道館に静態保存されています。
このクモヤ22 113は、クモハ12 041の部品取り用に廃車となったようです。

のちに平成になってから、クモハ12 041は伊那松島機関区で撮影していますので、こちらの画像はいずれまたご紹介しますね。


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by takurika54 | 2015-05-16 21:50 | 80年代 飯田線 | Comments(0)

80年代 クモヤ91 002 その3

大阪駅で捉えたクモヤ91 002の画像はまだ残ってます。三度登場です。

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(クモヤ91 002 1981年春 大阪駅にて)

休日の昼間に突如現れたクモヤ91 002にびっくり。本線で走行しているのも見たことが無かったので、大変興奮した記憶が残ってます。

前後は運転台付きになってますが、乗降扉と扉間は73系のスタイルを色濃く残しています。
乗降扉のプレス扉は横桟付きでHゴムは入ってません。特徴ある3段窓も健在です。
グロベンは、普通の営業車が付けているものとやや違いますね。カバーの角が折り曲げられていません。

連結器は、双頭型となっています。密着式とナックル式を90度ふって切り替え出来るようになってます。
客車も牽引することを想定していたのですね。

以前ご紹介した記事は こちら1 と こちら2 です。

クモヤ91 002の画像はもう一枚あるですよ、後日ご紹介しますね。


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by takurika54 | 2015-02-14 21:48 | 80年代 旧型国電 | Comments(0)

80年代 マヤ34 2007

京都駅です。

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(マヤ34 2007 1979年晩秋 京都駅にて)

京都駅の画像は、ネガフィルム紛失のためプリントをスキャンしていて粗い画像で恐縮です。

奈良線のキハ35系を撮っていて、キハが居なくなったら1線隣りにマヤ34がポツンと1輌留置されていたので撮影したものです。
車番の判明が難しかったのですが、スキャンデータを拡大したり、いろいろと調べた結果、当時向日町に所属していた2007と判明。2007は、側面のルーバーを窓に改造した際、窓が大きいのが識別になっているようです。ルーバーから改造された窓は、Hゴム支持になってます。
2007はJR西日本に継承されるも、車番と同じ2007年に廃車になったようですね。

平成になってからの画像は、いろいろな方のHPやブログで見ることが出来ますが、平成になってからの画像では、Hゴムが黒になってます。撮影当時は、Hゴムと言えば灰色が主流でしたので、黒Hゴムはやっぱり少々違和感があります。

連結器は双頭型で、画像ではナックル型の自連で連結する状態になってます。なので、電車以外の動力で牽引されることになります。このマヤ34 2007は、奈良線を計測検査したのでしょうか?


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by takurika54 | 2013-06-22 02:18 | 80年代 客車 | Comments(0)