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ワールド工芸 タキ5750(川崎タイプB)

ワールド工芸のHPに、タキ5750のキットが発売になると出ていました。

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昨年、埼玉のイベントで発売された川崎重工のタイプAとは違い、タイプBだそうです。
側梁は省略されていますが、側ブレーキではなくて手ブレーキのタイプです。

図面では、社紋板が菱型をしていて、伊藤忠商事の車であることは一目瞭然です。

組む腕も無いのに、早速1両予約してしまいました。

撮り溜めしたデジカメ画像を見てみると、タキ5750では最後期に作られたグループのようで、何両か撮影しているうちの5両をご紹介しておきますね。
ハッチを保護するプレートが特徴的ですね。
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(タキ115759 2007年5月3日 秋田港駅にて)

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(タキ115766 2007年5月4日 秋田港駅にて)

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(タキ115775 2005年5月7日 酒田港にて)

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(タキ115782 2006年7月17日 安中駅にて)

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(タキ115796 2005年5月7日 酒田港にて)

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# by takurika54 | 2016-05-22 10:51 | 鉄道模型 | Comments(0)

80年代 EF58 165 その2

芦屋~西ノ宮間を走るEF58 165です。

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(EF58 165 1980年頃 芦屋~西ノ宮間にて)

架線柱と被ってダメ画像で恐縮です。

恐らく荷物列車だと思いますが、結構な高速で迫ってきたので、びびってしまいちょっと手前でシャッターを切ってしまいました。
EF58 165は、浜松機関区の車で、後期の車両がまとめて大量に配置となった車のうちの一両です。

ブルトレを牽引した経歴が無いので、ヘッドマーク掛けが無く、鼻筋が少し寂しい浜松区の標準的な車です。
前面窓は黒色のHゴムです。

EF58 165は、以前京都駅に停車中のものをご紹介しております。再掲ですが、ご覧頂きましょう。
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(EF58 165 1979年晩秋頃 京都駅にて(再掲))

小雨に濡れる京都駅で、荷物列車が荷役中のところです。SGから出る蒸気がいいですよね。


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# by takurika54 | 2016-05-22 07:01 | 80年代 EF58 | Comments(0)

80年代 C55 1

4月29日に新装オープンした京都鉄道博物館ネタです。この時は扇形庫から庫外に出されていたC55 1です。

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(C55 1 1981年頃 梅小路蒸気機関車館にて)

美しく磨かれたC55 1が、庫外に出され側線に留置(展示?)されていました。

C57と見た目は変わらないのですが、動輪がスポークであることが最大の相違点です。
個人的には、スポーク動輪の方が好きなので、C55はいいですよねぇ。残念なのは、動態保存車が居ないことです。
大口径のスポーク動輪が動き出す光景を見たいものです。

スポーク動輪と言えば、20年前に発刊された「スポーク動輪の世界 華麗なるパシフィックC51・C54・C55」という写真集があります。
4,500円もする立派な写真集で、当時のこづかいでは痛い出費でしたが、今では入手困難なようで買っておいてよかったです。
C55は未撮影の3両を残して、全機紹介がありますよ。
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耳かきのついたC55のスポーク動輪が表紙です。惚れ惚れしますね。


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# by takurika54 | 2016-05-14 09:55 | その他 | Comments(0)

80年代 クハネ581 6

灘の操車場に留置されていた583系です。

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(クハネ581 6 1982年頃 東灘操車場付近にて)

関西~九州の寝台運用や雷鳥の運用が減少して、東灘には失職した583系が何両も留置されていました。
これを見に行くため、西宮から灘まで友達と自転車で行った記憶があります。

本日4月29日に開園した「京都鉄道博物館」にも、クハネ581 35が展示されているようで、博物館開園記念として掲載してみました。

クハネ581は、乗務員扉と乗降扉の間に機械室を設けてあるのが特徴で、車体側面に通風のガラリがあります。
機械室には、MG(電動発電機)とCP(空気圧縮機)が収納されています。

ほぼ全てのブラインドがおろされ、車内は見えないような状態になっています。

撮影の時点で、新製登場からまだ15年も経過しておらず、失職するには早かったのですが、その後、一部の車両が寝台設備を取り払われ715系に改造されて、北陸ローカルに充当されました。
平成になって社会人になってから、出張の折に一度だけ715系の各停に乗車したことがあります。先頭車は食パンみたいな切妻で、やたら天井が高かったことを覚えています。


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# by takurika54 | 2016-04-29 18:24 | 80年代 電車 | Comments(0)

80年代 飯田線 EF10 31 その1

飯田線特集パート2第63弾です。これに会いたくて訪れました。

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(EF10 31 1982年4月1日 豊橋機関区にて)

ED62に置き換えられても、しぶとく1両だけ残っていたEF10 31です。
しばらく休車扱いで留置されていたのですが、4月1日から運転するとのことで、丁度訪れた時は運転前の点検中でした。

前面窓にはヒサシが取り付けられていて、尾灯は埋込式に改造されていますが、戦前製の旧型電機の貫録を醸し出していました。
前面窓はHゴム化されず、オリジナルのままです。運転台窓の右側の下の方に丸いポッチがありますが、元々はここにワイパーが付いていました。

運転前の点検中ゆえ、パンタが上がった状態です。もう少し待てば、庫から出てくるところが撮れたのかも知れません。
当時中学生の自分は、そんなことに気付かずにいました。今思うと口惜しいですね。

EF10 31の後方に居るED62は、画像拡大してみるとED62 18でした。


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# by takurika54 | 2016-04-23 12:54 | 80年代 電気機関車 | Comments(0)

80年代 C11 180

あと12日で京都鉄道博物館がオープンするようなので、懐かしの梅小路蒸気機関車館の画像をご覧頂きましょう。
まずは、扇形庫の中には入らず転車台の側線に長らく廃車体をさらしていたC11 180です。

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(C11 180 1981年頃 梅小路蒸気機関車館にて)

保存車とするつもりだったのか、保存までの間の一時保管としていたのか、部品取り用として持ってきたのか…
理由は定かではありませんが、ナンバープレートを外され、白ペンキで車番が書かれて、錆びだらけで哀れな姿でした。
が、保存車のビカビカと余りにも対照的だったので思わず撮影したのだと思います。

左側に炭水車だけ見えているのはC55 1です。この時、C55 1は転車台の側線に留置されていました。
右側には新製されて数年のキハ47(たぶん)が留置されています。

背後には背の高い給水塔が見えており、土手は山陰本線となります。
この辺の景色は、山陰本線が電化されていて少し変わっています。


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# by takurika54 | 2016-04-17 17:39 | その他 | Comments(0)

80年代 EF58 113

急行「きたぐに」を牽引して大阪駅に入線するEF58 113です。

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(EF58 113 1981年頃 大阪駅にて)

朝もやのなか、急行「きたぐに」を牽引して大阪駅に進入するEF58 113です。

EF58 113は、米原機関区の特徴であるワイパーカバーを装着しています。原形小窓でPS14を搭載しており、オリジナル度が高い車です。
元20系寝台車を牽引していた経歴があるため、P型改造されていて、連結器廻りはにぎやかです。

米原区のEF58は手入れが行き届いていて、飾り帯はいつも磨かれているのですが、この時のEF58 113は車側部のヒゲは少し錆が浮いています。

EF58 113の次位はオユ10です。そのあとは12系座席車が連なっています。この位置からは10系寝台車までは見えませんね。

当時から急行「きたぐに」は人気でしたので、ホームにはたくさんのファンが居ます。
と言っても、見えている範囲で10名程度ですから、まだまだのんびりした時代でした。


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# by takurika54 | 2016-04-09 10:08 | 80年代 EF58 | Comments(0)

80年代 阪急959

中学の時の友人からもらったネガプリントです。

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(阪急959 1978年頃 西宮北口~阪神国道間にて)

今津線の運用に就く阪急959です。
西宮北口を出て今津方面へ向かうところのケツうちです。

阪急959は、920系の制御車なのですが、前照灯の後方の屋根上には何やら踏み板のようなものが見えます。これって何でしょう?
以前ご紹介した阪急973の屋根上にはこのようなものは見当たりません。

阪急973は同じ制御車ですが、前照灯の取付位置がやや高いですね。
再掲ですが、比較のため973の画像もご覧頂きましょう。

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(阪急973 1981年頃 夙川~苦楽園口間にて(再掲))



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# by takurika54 | 2016-04-03 18:17 | 80年代 阪急電鉄 | Comments(0)

80年代 EF65 寝台特急「富士」牽引

豊橋駅を通過する寝台特急「富士」です。

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(EF65 1000番台(車番不明) 1982年春 豊橋駅にて)

東京から大垣行きの夜行鈍行に乗って豊橋駅に降り立って間もなく、東京へ向かう寝台特急「富士」がやってきて通過してゆきました。

ちょっと遠過ぎて車番までは判別不能です。寝台列車牽引用として、1977年(昭和52年)に名門東京機関区に配置となった1096~1116号機のどれかだと思います。

東京口の九州寝台列車は、ヘッドマーク付きでしたので、非常に格好良く見えました。
関西の九州寝台列車も、同じEF65 1000番台に置き換わっていましたが、合理化体質でヘッドマーク掲示は止めてしまっていたので、東京口の九州寝台列車は羨望の眼差しでした。

右手手前には名鉄の車両が停車中。富士の左側奥には、111系が留置されているのが見えます。


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# by takurika54 | 2016-03-28 00:52 | 80年代 電気機関車 | Comments(0)

80年代 飯田線 クハ85 104

前回ご紹介のクハ103と似た顔付きのクハ85です。
中学生の時、クラスメートからもらったプリントです。

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(クハ85 104 1981年か1982年 豊橋駅にて)

中学に上がると行動範囲も広がり、クラスの友人も青春18キップを使って遠征に出掛ける人が増えました。
長期の休みが明けると、それぞれが遠征先の写真を見せ合い、気に入った写真を交換したり譲り受けたりしてました。
これは、Y君からもらった写真です。

当時の飯田線の豊橋口では、朝夕のラッシュ用にクハ85+モハ80の2両増結運用があり、クハ85は104と108のたった2両だけ豊橋機関区に配置となっていました。
パッと見たところ、104か108か分からないのですが、僅かな識別点を発見しました。
前照灯下、前面窓の上部にある手すりの位置が僅かに違います。
 クハ85 104:手すり取付位置がやや下め
 クハ85 108:手すり取付位置が前照灯と前面窓の丁度中間

再掲ですが、クハ85 108の画像もどうぞ。僅かな取付位置の違いがお分かり頂けるかと思います。
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(クハ85 108 1982年春 豊橋駅にて(再掲))


クハ85 104は、付随車のサハ87に運転台を設けたもので、ローカル線へ都落ちする際に短編成化すると制御車が足りなくなることから、付随車であるサハやサロから改造されています。顔付きは103系の高運転台車によく似ていますが、前照灯が1灯になっているあたりが垢抜けない魅力となっています。


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# by takurika54 | 2016-03-21 15:34 | 80年代 飯田線 | Comments(2)