80年代 EF62 52

今回は家族旅行で戸隠へ出掛けた時の画像をお送りしましょう。

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(EF62 52 1980年夏 直江津駅にて)

この時は、確か往路は新幹線で新大阪から名古屋まで出て中央線を北上、辰野と伊那松島へ寄り道してから戸隠へ行く行程でした。野尻湖等で観光した後、復路は直江津へ出て雷鳥で大阪へ戻ったと記憶しています。

この画像はその帰り道、直江津で雷鳥に乗り換える際に、構内停車中のEF62 52牽引の客車列車を撮影したものです。
ホーム向かい側の5番線から撮っていれば、どんな編成だったか分かるのですが、何故向こう側のホームへ行かなかったのでしょう?今なら絶対に5番線へ行っているのですが…。
何となく見えている影からして、EF62の次位にはマニらしき荷物車が繋がれてます。

この頃のEF62は、まだ山から下りて山陽・東海道の荷物列車を牽く前で、まさに信越線を中心に山岳路線で活躍していた頃です。ボディは傷みも無く、キレイですね。

ホーム向こう側の6番線には、キハ58系の急行列車が停車しています。窓形状と表示から判別するに、見えている2両ともグリーン車(キロ)のようです。但し、グリーン帯は廃止されてますね。

直江津駅は、二本木・新井拠点のタンク車を追い掛けて、平成になってから2度ほど訪れてますが、今も交通の要所であることに変わりはないのですが、当時と比べるといかんせん編成が短くて、長いホームが持て余しぎみです。


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# by takurika54 | 2012-06-02 19:12 | 80年代 電気機関車 | Comments(2)

80年代 EF15 181

実家地元の西ノ宮や大阪駅の画像はこれまでご紹介してきましたが、今回は大阪駅より更に少し遠出したところです。

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(EF15 181 1980年頃 久宝寺~杉本町短絡線にて)

当時、東海道・山陽本線でEF58はまだまだ見ることは出来ましたが、EF15は既に無く、EF15見たさに竜華機関区方面へ出掛けた時の画像です。

天王寺から関西線各停に乗り換えて久宝寺まで行きましたが、竜華機関区の事務所までたどり着くことが出来ず、仕方なく久宝寺駅から歩いていける範囲で機関車を待って撮影しました。

残念ながら、EF15はこの1枚しか撮ることが出来ず、あとはED60を1枚、計2枚しか撮れませんでした。
それでも、EF15を生で見れて興奮した記憶が残ってます。

牽引されている貨車も、黒ワム(ワラ?)3両と、35系タンク車+タキ3000系とあり、当時タンク車ファンをしていたら…と今頃悔やんでます。

今や、竜華機関区そのものが無くなってしまい、この短絡線も無くなったようですね。


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# by takurika54 | 2012-05-27 10:42 | 80年代 電気機関車 | Comments(3)

80年代 金沢局福井区のお座敷列車

中学2年の春休みに飯田線全線乗車した際の豊橋駅です。

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(スロ81 1981年春 豊橋駅にて)

この時は、豊橋から辰野まで飯田線全線を各停を乗り継いで走破し、中央東線で一旦新宿に出て、東京から大垣行きの夜行に乗って再び豊橋に下り立った時の画像です。

お目当ては、もちろん飯田線の旧型国電ですが、EF58も狙っていて、このお座敷列車はEF58 111に牽引されて名古屋方面から豊橋にやってきました。

長い間、どこのスロ81か分かりませんでしたが、今回ネガスキャンして画像拡大したところ、手前のスロ81のサボが「加賀」と読めたので、金沢区福井区のお座敷列車と判明した次第です。
(急行越前さまのご指摘により修正しました)
「加賀」はスロ81 2102、真ん中の車両は「越前」=スロ81 2101、最後尾は「若狭」=スロフ81 2101だそうです。

お座敷列車は団体専用でしたので、一般客は乗車出来ず、この手の車両は一度も乗ったことがありません。畳敷きにゆうゆうとくつろいで旅が出来るなんて最高ですね。でも、酒を飲んじゃうと振動や揺れで酔いが早く廻るのかも??

グリーン車は、後に黄緑色ラインの標記を省略するようになったので、黄緑色に塗られたままの車両は美しいですねぇ。

スロ最後尾の先、高架橋の先にDE10らしき車輛と165系が小さく映ってますが、あの辺りが豊橋機関区になります。



スキャンの際に、トリミングした画像もどうぞ。もう少し拡大されて見易くなってます。

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# by takurika54 | 2012-05-26 15:02 | 80年代 客車 | Comments(3)

80年代 銀河とまつかぜ

1981年春の大阪駅模様です。

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(「急行銀河」ナハネフ22と「特急まつかぜ」キハ82 1981年春 大阪駅にて)

当時の記録が全く無いので、他の方のHP等でいろいろと調べてみると、大阪駅に「銀河」が到着するのと同時に「まつかぜ」が発車するようなダイヤになっていたようです。

ナハネフ22は、まだおでこに白線が引かれていて白線3本時代の頃です。20系は1980年に特急運用から離脱していましたが、格下げされてもなお急行寝台車として一線級の活躍をしていた頃です。1980年から「銀河」もイラスト入り名称となったようで、牽引機はEF58からEF65に世代交代したばかりでした。

「まつかぜ」の方は、編成に食堂車(キシ80)も組み込まれた堂々の13両編成だったようで、山陰線経由で長躯博多駅までほぼ半日かけて運用されてました。
この時には、何故だかキシ80も撮影してましたので、こちらはいつの日にかご紹介しますね。

向こうのホームには、快速の113系と各停(普通)の103系も見えてますね。
「銀河」の到着したホームには、小中学生がチラホラ見えてます。当時は、L特急やらブルトレやらで、チビッコ鉄道ファンが増えていた頃です。当時は鉄子さんは見掛けませんでしたねぇ。時代の移り変わりを感じてしまいます。
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# by takurika54 | 2012-05-19 12:52 | 80年代 客車 | Comments(2)

80年代 EF61 2

また実家地元ネタに戻ります。EF61 2が牽引する荷物列車です。

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(EF61 2 1979年頃 西ノ宮~芦屋間にて)

これまたカラーネガを紛失していて、プリントをスキャンしたので粗い画像で恐縮です。
→少しでも見易くするため解像度を上げてスキャンし直しました。(2012/9/15)

荷物列車と言えども、EF61自体も全体が撮れていない画像なので、果たして荷物列車かどうか確証は無いのですが、広島機関区の車であり、まず荷物列車を牽引していたものと思われます。

前照灯は、シールドビームや2灯化されずオリジナルを保っていて格好良いですね。
EF60やEF65の一般型と違い、EF61にはちゃんとヘッドマーク掛けがあります。尾灯掛け(?)は、妙に長くないですかぁ?EF61は皆こんなだったのでしょうか?

連結器解放テコですが、よぉく見ると画像左側にシリンダーのようなものがあります。かつてのセノハチのように、走行中に運転席からテコ解放出来るようにしてあるものなのでしょう。

すごい局部的なフェチですが、EF61は運転席部の側窓の固定側の窓下部が、斜めカット処理されていて、この辺が何とも優美な感じがします。
また、車体側面フィルタ上の明かり取り窓もHゴム固定でなくて、この辺も古き良き時代を感じます。
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# by takurika54 | 2012-05-18 23:48 | 80年代 電気機関車 | Comments(2)

80年代 キハ35 217

トラムウェイのHPで、かねてより発売予告のあったキハ35系(HO)のファーストショットをイベントで展示しているようです。1970年代後半から1980年代前半の、姫路・加古川界隈をテーマに車輛収集している私としては、願ったり叶ったりの新製品です。

このテーマに関連して、キハ35をご覧頂きましょう。

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(キハ35 217 1979年晩秋 京都駅にて)

ネガ紛失のため、プリントをスキャンしており画像が粗くてごめんなさい。

撮影当時、奈良線は非電化線で、キハ35系が活躍していました。発車間際でしょうか?結構乗客が乗っており、立っている人も多く見られます。この車は、便所付きのキハ35ですね。トイレ流し管が見えてます。便所無しの片運転台車はキハ36になります。

この頃の気動車は、全検を迎えと首都圏色に塗り替えられる車が多く、右隣りのキハ35系は首都圏色です。このように塗装色の混じった編成が各地で多く見ることが出来ました。

京都駅は、東海道筋・北陸筋・山陰線・奈良線・草津線乗入れ車が集まり、バラエティ溢れる車輛が行き来し、実に楽しい駅でした。電化・非電化車輛が混じり、特急・急行も発着してましたが、大阪駅と決定的に違うのは貨物列車が通過することでした。大阪駅は、宮原を短絡線するので貨物列車は通過しませんが、京都駅は東海道筋の貨物だけで無く、奈良線や草津線へ向かうスジも通過してゆきました。

京都駅で撮ったネガを紛失したのは本当に痛いのですが、プリントだけでもおいおいご紹介してゆきます。
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# by takurika54 | 2012-05-13 10:04 | 80年代 気動車 | Comments(4)

80年代 クモル24 013

プロフィールにも書きましたが、小中学生の頃はEF58・旧型電機・旧型国電が好きで、これらを中心に写真を撮ってましたが、地元西宮では中々お目に掛かれない配給車を見たくて、ダメ元で高槻電車区へ出掛けた時の画像です。

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(クモル24 013 1981年頃 高槻電車区にて(許可を得て構内入場のうえ撮影))

中学の時の友達と電車で高槻駅まで行き、そこから歩いて電車区の事務所を事前アポ無しで訪問、事務員に構内見学と配給車の写真撮影をさせて欲しいと願い出たところ、意外にもスンナリOKを頂き、職員同伴のうえ構内を見せてもらいました。

ただ、突然の訪問で、手すきの職員さんの好意で同伴頂いたので、入場は僅かに15分ほどだったと記憶しています。夕方の訪問で、配給車はあちこちに運用に出ていて留置車少ないうえ、車庫内に居たりとかで、僅かな車両しか記録出来ませんでした。

それでも、車庫の中に入れてもらえただけで大興奮したことを思い出します。
今は、鉄道記念日や感謝デーとかの特定日に入場出来る代わりに、日頃は基本的に入場出来ないところがほとんどだと聞きます。当時、高槻電車区を訪れるファンがどれだけ居たか分かりませんが、実におおらかな時代だったのでしょうね。
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# by takurika54 | 2012-05-12 10:24 | 80年代 旧型国電 | Comments(0)

80年代 阪急851

地元ネタに戻ります。阪急800系の制御車である851です。

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(阪急851 1979年頃 夙川駅にて)

残念なことにカラーネガを紛失してしまい、カラープリントをスキャンしているので画像が粗くて申し訳ないです。
→少しでも見易くするため解像度を上げてスキャンし直しました。(2012/9/15)

正面サボには「回」が刺さってますが、これは西宮車庫から夙川駅に回送されてきたものです。昼間は1編成が夙川~甲陽園間をピストン輸送し、朝夕のラッシュ時には2編成が運用に当たりますが、確か16:00前後に1編成が夙川駅に回送され、下り線から上り線へ本線移動し、更に構内側線に入り、スイッチバックにて上りホーム裏側の連絡線から甲陽線へと入線してゆきました。

正面サボの「回」ですが、この後阪急の正面サボは全て一新され、「回」は丸プレートが一廻り大きくなり「回送」と掲示されるようになりました。

この編成は851+941+801の3両編成です。ちょっと見辛いですが、2両目の941は851と比べるとウインドーシル・ヘッダーの位置が若干高く、シルの幅が狭いですね。

甲陽線のもう1編成は、850+940+800となりますが、こちらのネガもありますので、いつの日にかご紹介しますね。
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# by takurika54 | 2012-05-06 23:31 | 80年代 阪急電鉄 | Comments(0)

80年代 オハネフ12 2010

急行「きたぐに」が定期運行を終えて1ヶ月強経ちました。まだ客車編成だった頃の「きたぐに」につながれていたB寝台車をご覧頂きましょう。

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(オハネフ12 2010 1981年春 大阪駅にて)

EF58に牽かれ、長躯日本海側を縦断して大阪駅に滑り込み客扱い中のところです。
8号車と見え、向こう隣りにはオロネ10が写ってますが、当時の編成は次の通りでB寝台が2両づつA寝台を挟み込んでました。
EF58=郵便車(オユ)+12系座席車×6+B寝台(オハネフ12)×2+A寝台(オロネ10またはオロネフ10)×1+B寝台(オハネフ12)×2

ちょっと分かり辛いですが、扉上の「B寝台」が内照式となっており白熱灯の明かりで薄いオレンジ色に光ってます。
行き先・名称・優等・車番、はサボが刺さっており、時代を感じます。まだ当時は、サボの盗難騒ぎはうるさくなかったようで、ハリガネで固定とかはされてませんでした。
ボディの凹みや補修跡はあまり見えず、屋根の銀色もそこそこツヤがあるので、全検からそんなに間が無いのかも知れません。

10系寝台車は見るには見れたのですが、残念ながら乗車したことは無く、3段のB寝台を経験してません。一度経験してみたかったものです。高さ的クリアランスが無く、幅も狭くて、まるで蚕棚状態だったのでしょうね。
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# by takurika54 | 2012-05-06 08:27 | 80年代 客車 | Comments(4)

80年代 阪神武庫川線

4月21日発売のレイルNo.82は、武庫川をめぐる鉄道風景をテーマに実家の地元西宮が多々紹介されており、中々おもしろい内容でしたが、その中に阪神武庫川線の記事があったので、これに関連した画像をご覧頂きます。

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(阪神3303 1980年夏 洲先駅にて)

確か中学2年の時に、夏休みの自由研究課題として、武庫川線のことを調べた時に自転車で現地を廻りました。
当時は、国鉄甲子園口から武庫川の堤防沿いに線路が残っており、所々で写真を撮ったうえ、図書館で武庫川線の生い立ちや川西航空機のことを調べて研究課題を提出した記憶があります。

詳細はレイル誌をご覧頂ければと思いますが、武庫川から洲先方面へは、国鉄と阪神が相乗りし、線路幅の違いから線路が3本敷設されていたのでした。で、洲先から先には、その線路が3本残ったままでして、ご覧頂く写真は手前に線路が3本見えてます。車止めの先の踏板は、真ん中の線路のところだけアルファルトがひかれ黒くなってます。

洲先駅に停車中の3303は両運転台車で、単行でピストン輸送してました。
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# by takurika54 | 2012-04-28 08:49 | 80年代 私鉄 | Comments(2)