80年代 キハ35 217

トラムウェイのHPで、かねてより発売予告のあったキハ35系(HO)のファーストショットをイベントで展示しているようです。1970年代後半から1980年代前半の、姫路・加古川界隈をテーマに車輛収集している私としては、願ったり叶ったりの新製品です。

このテーマに関連して、キハ35をご覧頂きましょう。

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(キハ35 217 1979年晩秋 京都駅にて)

ネガ紛失のため、プリントをスキャンしており画像が粗くてごめんなさい。

撮影当時、奈良線は非電化線で、キハ35系が活躍していました。発車間際でしょうか?結構乗客が乗っており、立っている人も多く見られます。この車は、便所付きのキハ35ですね。トイレ流し管が見えてます。便所無しの片運転台車はキハ36になります。

この頃の気動車は、全検を迎えと首都圏色に塗り替えられる車が多く、右隣りのキハ35系は首都圏色です。このように塗装色の混じった編成が各地で多く見ることが出来ました。

京都駅は、東海道筋・北陸筋・山陰線・奈良線・草津線乗入れ車が集まり、バラエティ溢れる車輛が行き来し、実に楽しい駅でした。電化・非電化車輛が混じり、特急・急行も発着してましたが、大阪駅と決定的に違うのは貨物列車が通過することでした。大阪駅は、宮原を短絡線するので貨物列車は通過しませんが、京都駅は東海道筋の貨物だけで無く、奈良線や草津線へ向かうスジも通過してゆきました。

京都駅で撮ったネガを紛失したのは本当に痛いのですが、プリントだけでもおいおいご紹介してゆきます。
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# by takurika54 | 2012-05-13 10:04 | 80年代 気動車 | Comments(4)

80年代 クモル24 013

プロフィールにも書きましたが、小中学生の頃はEF58・旧型電機・旧型国電が好きで、これらを中心に写真を撮ってましたが、地元西宮では中々お目に掛かれない配給車を見たくて、ダメ元で高槻電車区へ出掛けた時の画像です。

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(クモル24 013 1981年頃 高槻電車区にて(許可を得て構内入場のうえ撮影))

中学の時の友達と電車で高槻駅まで行き、そこから歩いて電車区の事務所を事前アポ無しで訪問、事務員に構内見学と配給車の写真撮影をさせて欲しいと願い出たところ、意外にもスンナリOKを頂き、職員同伴のうえ構内を見せてもらいました。

ただ、突然の訪問で、手すきの職員さんの好意で同伴頂いたので、入場は僅かに15分ほどだったと記憶しています。夕方の訪問で、配給車はあちこちに運用に出ていて留置車少ないうえ、車庫内に居たりとかで、僅かな車両しか記録出来ませんでした。

それでも、車庫の中に入れてもらえただけで大興奮したことを思い出します。
今は、鉄道記念日や感謝デーとかの特定日に入場出来る代わりに、日頃は基本的に入場出来ないところがほとんどだと聞きます。当時、高槻電車区を訪れるファンがどれだけ居たか分かりませんが、実におおらかな時代だったのでしょうね。
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# by takurika54 | 2012-05-12 10:24 | 80年代 旧型国電 | Comments(0)

80年代 阪急851

地元ネタに戻ります。阪急800系の制御車である851です。

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(阪急851 1979年頃 夙川駅にて)

残念なことにカラーネガを紛失してしまい、カラープリントをスキャンしているので画像が粗くて申し訳ないです。
→少しでも見易くするため解像度を上げてスキャンし直しました。(2012/9/15)

正面サボには「回」が刺さってますが、これは西宮車庫から夙川駅に回送されてきたものです。昼間は1編成が夙川~甲陽園間をピストン輸送し、朝夕のラッシュ時には2編成が運用に当たりますが、確か16:00前後に1編成が夙川駅に回送され、下り線から上り線へ本線移動し、更に構内側線に入り、スイッチバックにて上りホーム裏側の連絡線から甲陽線へと入線してゆきました。

正面サボの「回」ですが、この後阪急の正面サボは全て一新され、「回」は丸プレートが一廻り大きくなり「回送」と掲示されるようになりました。

この編成は851+941+801の3両編成です。ちょっと見辛いですが、2両目の941は851と比べるとウインドーシル・ヘッダーの位置が若干高く、シルの幅が狭いですね。

甲陽線のもう1編成は、850+940+800となりますが、こちらのネガもありますので、いつの日にかご紹介しますね。
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# by takurika54 | 2012-05-06 23:31 | 80年代 阪急電鉄 | Comments(0)

80年代 オハネフ12 2010

急行「きたぐに」が定期運行を終えて1ヶ月強経ちました。まだ客車編成だった頃の「きたぐに」につながれていたB寝台車をご覧頂きましょう。

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(オハネフ12 2010 1981年春 大阪駅にて)

EF58に牽かれ、長躯日本海側を縦断して大阪駅に滑り込み客扱い中のところです。
8号車と見え、向こう隣りにはオロネ10が写ってますが、当時の編成は次の通りでB寝台が2両づつA寝台を挟み込んでました。
EF58=郵便車(オユ)+12系座席車×6+B寝台(オハネフ12)×2+A寝台(オロネ10またはオロネフ10)×1+B寝台(オハネフ12)×2

ちょっと分かり辛いですが、扉上の「B寝台」が内照式となっており白熱灯の明かりで薄いオレンジ色に光ってます。
行き先・名称・優等・車番、はサボが刺さっており、時代を感じます。まだ当時は、サボの盗難騒ぎはうるさくなかったようで、ハリガネで固定とかはされてませんでした。
ボディの凹みや補修跡はあまり見えず、屋根の銀色もそこそこツヤがあるので、全検からそんなに間が無いのかも知れません。

10系寝台車は見るには見れたのですが、残念ながら乗車したことは無く、3段のB寝台を経験してません。一度経験してみたかったものです。高さ的クリアランスが無く、幅も狭くて、まるで蚕棚状態だったのでしょうね。
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# by takurika54 | 2012-05-06 08:27 | 80年代 客車 | Comments(4)

80年代 阪神武庫川線

4月21日発売のレイルNo.82は、武庫川をめぐる鉄道風景をテーマに実家の地元西宮が多々紹介されており、中々おもしろい内容でしたが、その中に阪神武庫川線の記事があったので、これに関連した画像をご覧頂きます。

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(阪神3303 1980年夏 洲先駅にて)

確か中学2年の時に、夏休みの自由研究課題として、武庫川線のことを調べた時に自転車で現地を廻りました。
当時は、国鉄甲子園口から武庫川の堤防沿いに線路が残っており、所々で写真を撮ったうえ、図書館で武庫川線の生い立ちや川西航空機のことを調べて研究課題を提出した記憶があります。

詳細はレイル誌をご覧頂ければと思いますが、武庫川から洲先方面へは、国鉄と阪神が相乗りし、線路幅の違いから線路が3本敷設されていたのでした。で、洲先から先には、その線路が3本残ったままでして、ご覧頂く写真は手前に線路が3本見えてます。車止めの先の踏板は、真ん中の線路のところだけアルファルトがひかれ黒くなってます。

洲先駅に停車中の3303は両運転台車で、単行でピストン輸送してました。
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# by takurika54 | 2012-04-28 08:49 | 80年代 私鉄 | Comments(2)

80年代 荷電クモニ83(飯田線)

普段、こちらのブログは土日祝を中心に更新しているので、今日は更新しない日なのですが、急行越前さまのブログ記事に触発されてUPします。

突然、場所が飛びますが、飯田線のクモニ83です。

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(クモニ83 102 1982年春 伊那松島駅にて)

飯田線で、クモニ83とクモニ13の2輌編成の荷物だけのスジです。
一般の客扱いの編成に、クハユニ56と一緒にクモニがぶら下がっているスジも多く見られましたが、クモニ83+クモニ13の荷電も見ることが出来ました。
中央高速道は、飯田の南端から伊那谷から逸れて恵那山トンネルを経て中津川方面へ抜けてしまい、天竜峡から豊橋方面への道路アクセスが急に悪くなるので、飯田線が頼りだったのかも知れません。

荷電は、豊橋方面から伊那松島駅に入線するところです。正面から見ると車番が分からないのですが、全検日付や個体差をつぶさに見比べた結果、どうやらクモニ83 102と判明した次第です。
本線左側には、黒いワラ車が留置されてます。
荷電が完全に被ってますが、荷電の向こう側には伊那松島機関区があり、旧型国電やED62のねぐらになってます。
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# by takurika54 | 2012-04-26 22:59 | 80年代 旧型国電 | Comments(3)

80年代 福知山線宝塚電化103系入線

再び大阪駅です。

1981年4月1日から、福知山線が宝塚駅まで電化され、カナリアイエローの103系高運転台車が投入されました。

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(クハ103 1981年春頃 大阪駅にて)

恐らく、中学二年生終了後の春休みに出掛けたものと思いますが、運用前の運転手訓練用に大阪駅に姿を見せた103系を捉えたものです。表示が「試運転」となっており、乗務員が交代してますね。当時、各停で見慣れた103系を撮影することはありませんでしたが、カナリアイエロー103系の突然の登場に驚いて撮影したものと思います。
当時、関西圏の101系・103系は、環状線:オレンジ、東海道各停:水色、関西線:ウグイス とありましたが、カナリアイエローの登場は初めてで、東京の電車がやって来た!と感じたものです。


ホームには、赤い台車が横にしてあります。このホームは、山陽・九州方面への長距離列車が停車するホームで、郵便車から降ろされた集配物を、この台車に載せて手押ししたりターレットで引っ張って荷役してました。今だと、安全性や美観の問題で、こんな台車をホームのど真ん中に鎮座させることなど無いでしょうね。
伊藤ハムの看板の下には、灰皿がぶら下がってます。当時は、駅構内ではほぼどこででも喫煙が出来たのです。今では分煙は当たり前、駅構内での喫煙自体が出来ない時代です。


隣りのホームの5番線には長蛇の列ですが、多分新快速を待つ客です。その隣りの6番線には、ハッキリとは見えませんが113系の快速が停車中だと思います。
一方、画面右側の遠くには、環状線の103系が見えてます。
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# by takurika54 | 2012-04-22 11:56 | 80年代 電車 | Comments(0)

80年代 EF58 78

実家の地元ネタに戻ります。
以前ご紹介のEF58 1は、果たしてこれが1号機かぁ?と思うようなダメ画像でしたが、今回はもう少しマシな画像です。

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(EF58 78 1980年頃 現在のさくら夙川駅付近にて)

これも決してクリアな画像では無く、車番もちゃんと見えているわけではありませんが、
 ・片方だけのワイパーカバー(米原機)
 ・PS15パンタ
 ・ヘッドマーク掛けの形状
等からみて、78号機と判別してます。

EF58の次位は、マニ50。次はマニ44でしょうか?全身がブルーのようですが…。その次は、非冷房の郵便車ですね。窓の配置等から見てスユ15でしょうか?4両目以降は、旧型のマニが続いてます。

この辺の景色は一変していて、さくら夙川駅が新設されたので、西ノ宮駅方面に向かっての見通しが悪くなってます。
遠くに、この界隈ではちょっと有名だったレストラン『クリスボン』が見えてます。国道2号線沿い北側にあり、円筒形の白い建物でして、ランドマーク的な存在でした。『クリスボン』では、どんな料理が食することが出来たのでしょうか?私は食べた記憶が無いのですが…。
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# by takurika54 | 2012-04-21 20:50 | 80年代 EF58 | Comments(3)

80年代 58系急行

確か中学生になってから友達と行ったハズですが、学校が休みの日曜(当時は土曜は午前中授業がありました)に朝早く出掛け、須磨海づり公園へ行きましたが、何にも釣れずにその帰りがけに撮影したものです。

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(キハ58系 1979年か1980年頃 須磨~塩屋間にて)

残念ながらネガを紛失しておりプリントからのスキャンですが、プリントは指紋付着しないイボイボタイプなので、スキャンしたら凸凹が目立ちゃいましたね。

当時、この辺を走るディーゼル急行は、「但馬」(播但線)と「みささ」+「みまさか」(姫新線)の2種ありましたが、そのどちらかと思いますがどっちとは限定出来ません。

タイフォンカバー付きのタイプで、Hゴムも末期の黒色では無く灰色系で、この辺が国鉄時代を感じさせます。テールライトは内ばめ式のオリジナルです。
ホロ付きで、増結や併結が日常的に行われていたことが分かります。
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# by takurika54 | 2012-04-15 09:17 | 80年代 気動車 | Comments(0)

80年代 117系新快速

こずかいの少ない小中学生だったので、今のようにあちこち遠征出来ませんでしたが、日帰りで少し遠出して写真を残してます。

ディーゼルカーを撮りたくて、確か中学1年生終わりの春休みに同じクラスの鉄道ファンと加古川駅へ行きました。ディーゼルカーは後日のご紹介として、今回はデビュー間もない117系新快速をご覧頂きましょう。
それまでは、153系の新快速で、スカイブルーの車両しか居ませんでしたので、クリームに茶のラインのカラーリングは非常に印象的でした。

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(クハ116 1980年春 加古川駅にて)

現在、加古川駅は高架上にありますが、当時は地上駅にあり、加古川線や高砂線への貨物の設定もあり、中々楽しめた記憶があります。
丁度、姫路方面へ向かう新製117系新快速が入線したとこで、駅員さんが入線確認中です。
クハ116がさしかかろうとしている線路上には、駅員が隣りのホームへ行き来するための踏板があり、ホームには昇降用にステップと切欠きがしてあります。現行の駅では見られなくなったアイテムですね。

右側天井下に「空気乾燥」警戒が掲示されてます。時刻は10:50過ぎを指してます。
跨線橋は、神戸方面のホーム(隣りのホーム)と、加古川線・高砂線ホーム(更に向こう側のホーム)に繋がってます。
加古川線には、首都圏色したキハ20系が発車待ちしており、その手前の退避線にトラがちらっと見えてます。

加古川線のディーゼルカーは、別の機会にご覧頂きますのでお楽しみに!
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# by takurika54 | 2012-04-14 09:43 | 80年代 電車 | Comments(2)