80年代 阪急1200

これまで、阪急甲陽線の車両は、973(920系)と851(800系)をご覧頂きましたが、今回はもう少し新しい車両をご覧頂きましょう。

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(阪急1200 1982年8月 苦楽園口~甲陽園間にて)

阪急1200系は、車体こそ1010系と同じ規格で作られてますが、電装品や台車は旧型車より捻出したものを流用しており、要は「吊掛け車」です。高性能車ではありませんので、モータを唸らせて鈍足で走ってました。手前の雑草が邪魔して見辛いですが、旧式の台車が見えませんか?

ローアングルなので屋根廻りは全く見えませんが、二重構造のルーバー屋根になってます。この1200系は、結局冷房化改造されることなく、オリジナルのルーバー屋根を保ってました。

この日の天候の影響もありますが、甲陽線で見た1200系は、何となくくすんで退色しており、キレイな光沢のあるマルーン色を見ることはありませんでした。


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# by takurika54 | 2012-06-24 12:30 | 80年代 阪急電鉄 | Comments(0)

80年代 EF65 524 と ワフ35315

電機機関車が続きます。

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(EF65 524 と ワフ35315 1980年頃 東灘信号所にて)

かつて、東灘信号所に581系が大量に留置されていたことがありました。これを見に西宮から自転車で行った時に、ワフをたった1輌従えて出発待ちのEF65を見掛けて撮影したものです。

この後に、編成組みされたかどうかは不明ですが、高性能機に1輌のワフとは何とも勿体ない感じがしました。飯田線でのED62+ワフ1輌の組合せは雑誌とかで見たことありますが、大幹線でこれとは…。

F型高速貨物用で、当時は吹田区に配置してましたが、のちに高崎区へ転籍しているようですね。2002年に廃車になっているようです。
ワフ35000ですが、プレート車輪のようで、スポーク車輪だったらもう少し雰囲気があって良かったのですが…。夕日に照らされて哀愁が漂ってます。


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# by takurika54 | 2012-06-17 09:42 | 80年代 電気機関車 | Comments(0)

80年代 EF58 36

今回は大阪駅でのスナップです。

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(EF58 36 1981年春 大阪駅にて)

7窓で有名なEF58 36が、臨時列車を牽いて大阪駅に入線するところです。
ピン甘でブレた画像でお見苦しくて恐縮です。(いつものことですが(汗))トリミングして大き目にしています。

米原区の36号機は、いつか会いたいと思ってましたが、たまたまこの日に会うことが出来ました。
以前からEF58は好きでしたが、当時「華麗なる特急電機EF58」を大枚はたいて購入し、初めて大窓・小窓や機械室7窓やらの個体差があるのを知り、36号機は是非とも見てみたいと思ってました。なんせ巻末に、全機の写真とプロフィールが網羅されていて、穴の開くほど見てました。

「華麗なる特急電機EF58」は、1981年に企画室ネコから出版されてますが、企画室ネコはのちのネコ・パブリッシングです。レイルマガジンやRM MODELSでおなじみですよね!

運転席側のひさしは歪んで、ちょっと湾曲しています。ヘッドライトは点灯、スモール状態でぼぉっと燈ってます。
画像からは分かり難いのですが、米原区のEF58のヒゲはいつもピカピカに磨かれていてキレイでした。当時でも優等列車の受け持ちがあり、ピカピカに仕上げる意識が高かったのでしょうね。浜松区のEF58のヒゲは錆だらけの車が多く、ただでさえHゴム窓で食傷ぎみで、150号台後半や160号台がいるとガッカリしたものです。


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# by takurika54 | 2012-06-16 17:35 | 80年代 EF58 | Comments(0)

80年代 DD51とDD13の並び 京都駅にて

あちこち飛びますが、今回は京都駅です。

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(DD51 1037とDD13 196の並び 1981年1979年晩秋頃 京都駅にて)

当時の京都駅は、東海道筋と湖西・北陸筋こそ電化車両でしたが、山陰線・奈良線・草津線は非電化路線で、ディーゼル機関車牽引の客車列車や気動車が沢山居ました。

ご覧頂く画像は、DD51とDD13の並びです。以前、京都駅に停車中の奈良線のキハ35をご覧頂きましたが、同じ時に撮影したものです。残念なことに、ネガフィルムを紛失したのでプリントスキャンです。鮮明さに欠けますがお許しを…。

DD51は、京都駅から柘植駅行きの客車列車です。DD51の次位には10系客車がチラッと見えてますが、これはナハフ10です。
DD13は、構内入換作業の合間で待機中のようです。京都駅は、東海道筋と山陰筋との分岐駅であり、荷物列車は解放・連結作業がありました。これら作業のために、京都駅構内にはDD13が常に数両がいったりきたりしてました。

京都駅は、平成になってから大型商業施設とコラボした駅ビルとなり大変身を遂げましたが、基本的な配線は余り変わっていないように思います。


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# by takurika54 | 2012-06-10 11:14 | 80年代 ディーゼル機関車 | Comments(2)

80年代 キハ20 88

加古川線で活躍したキハ20をご覧頂きます。

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(キハ20 88 1980年春 加古川駅にて)

以前、加古川駅に入線する117系新快速の画像をご紹介しましたが、その時に撮ったキハ20 88です。

キハ20 88は、初期型に分類され、バス窓と枕バネがゴム製のDT19台車が特徴でした。当時、加古川気動車区には、キハ20の初期型が何台も配置されてました。

ヘッドライトは、ブタ鼻2灯では無く、シールドビーム1灯に改造されてます。この時、加古川駅で見た車は、キハユニ15を除いては、全てブタ鼻2灯かシールドビーム1灯に改造されてました。
貫通扉や運転席窓下の換気蓋には、ガムテームがべったり貼られています。多分、冬季の冷気侵入を防ぐために貼られたのでしょう。

車体側面には赤ランプが点灯していて客扱い中ですが、駅員さんが待機していて間もなく発車を迎えるようです。ちょっと見辛いですが、どうもこの編成は2両目もバス窓のキハ20のようです。
この編成の向こう側、同じホームにキハ35系らしき編成も見えてます。当時加古川駅では、同じホームから行き先の違う2編成が停車していることがありました。

キハ20 88の左側に見えているホームは、上り神戸方面の3番線です。3番線から、退避線・仕訳線が3線続いて加古川線・高砂線発着の4番線と続きます。現在、加古川駅は高架線上となり、退避線も仕訳線も留置線も無くなってしまい、当時を偲ばせる駅模様は全く無くなってしまいました。


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# by takurika54 | 2012-06-09 09:17 | 80年代 気動車 | Comments(2)

80年代 スハ42 24

旧型客車も少しだけネガがあります。スハ42 24です。残念なことに手振れした画像で恐縮です。

他に撮影した旧型客車のネガを見ると、どうやら扉やトイレ窓がHゴム化されていない車ばかり撮っていたようです。

スハ42って少数派だったのですね。スハ43を改造したり台車振替等で生じた派生機種かと思ってましたが、35系から43系へ移行する過渡期の車両だったのですね。

キャンバス屋根に茶色い車体、ここにブルーのサボが刺さってて、これぞ旧型客車って感じですね。

画像が自動圧縮される都合だと思いますが、フレーム一杯に画像を置くと、右端が切れてしまい、洗面所窓辺りが切れて見えなくなるので、いつもより少し画像が小さいですが、全体が見れるようにしてます。ご容赦下さい。

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(スハ42 24 1981年春 大阪駅にて)

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# by takurika54 | 2012-06-03 07:53 | 80年代 客車 | Comments(2)

80年代 EF62 52

今回は家族旅行で戸隠へ出掛けた時の画像をお送りしましょう。

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(EF62 52 1980年夏 直江津駅にて)

この時は、確か往路は新幹線で新大阪から名古屋まで出て中央線を北上、辰野と伊那松島へ寄り道してから戸隠へ行く行程でした。野尻湖等で観光した後、復路は直江津へ出て雷鳥で大阪へ戻ったと記憶しています。

この画像はその帰り道、直江津で雷鳥に乗り換える際に、構内停車中のEF62 52牽引の客車列車を撮影したものです。
ホーム向かい側の5番線から撮っていれば、どんな編成だったか分かるのですが、何故向こう側のホームへ行かなかったのでしょう?今なら絶対に5番線へ行っているのですが…。
何となく見えている影からして、EF62の次位にはマニらしき荷物車が繋がれてます。

この頃のEF62は、まだ山から下りて山陽・東海道の荷物列車を牽く前で、まさに信越線を中心に山岳路線で活躍していた頃です。ボディは傷みも無く、キレイですね。

ホーム向こう側の6番線には、キハ58系の急行列車が停車しています。窓形状と表示から判別するに、見えている2両ともグリーン車(キロ)のようです。但し、グリーン帯は廃止されてますね。

直江津駅は、二本木・新井拠点のタンク車を追い掛けて、平成になってから2度ほど訪れてますが、今も交通の要所であることに変わりはないのですが、当時と比べるといかんせん編成が短くて、長いホームが持て余しぎみです。


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# by takurika54 | 2012-06-02 19:12 | 80年代 電気機関車 | Comments(2)

80年代 EF15 181

実家地元の西ノ宮や大阪駅の画像はこれまでご紹介してきましたが、今回は大阪駅より更に少し遠出したところです。

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(EF15 181 1980年頃 久宝寺~杉本町短絡線にて)

当時、東海道・山陽本線でEF58はまだまだ見ることは出来ましたが、EF15は既に無く、EF15見たさに竜華機関区方面へ出掛けた時の画像です。

天王寺から関西線各停に乗り換えて久宝寺まで行きましたが、竜華機関区の事務所までたどり着くことが出来ず、仕方なく久宝寺駅から歩いていける範囲で機関車を待って撮影しました。

残念ながら、EF15はこの1枚しか撮ることが出来ず、あとはED60を1枚、計2枚しか撮れませんでした。
それでも、EF15を生で見れて興奮した記憶が残ってます。

牽引されている貨車も、黒ワム(ワラ?)3両と、35系タンク車+タキ3000系とあり、当時タンク車ファンをしていたら…と今頃悔やんでます。

今や、竜華機関区そのものが無くなってしまい、この短絡線も無くなったようですね。


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# by takurika54 | 2012-05-27 10:42 | 80年代 電気機関車 | Comments(3)

80年代 金沢局福井区のお座敷列車

中学2年の春休みに飯田線全線乗車した際の豊橋駅です。

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(スロ81 1981年春 豊橋駅にて)

この時は、豊橋から辰野まで飯田線全線を各停を乗り継いで走破し、中央東線で一旦新宿に出て、東京から大垣行きの夜行に乗って再び豊橋に下り立った時の画像です。

お目当ては、もちろん飯田線の旧型国電ですが、EF58も狙っていて、このお座敷列車はEF58 111に牽引されて名古屋方面から豊橋にやってきました。

長い間、どこのスロ81か分かりませんでしたが、今回ネガスキャンして画像拡大したところ、手前のスロ81のサボが「加賀」と読めたので、金沢区福井区のお座敷列車と判明した次第です。
(急行越前さまのご指摘により修正しました)
「加賀」はスロ81 2102、真ん中の車両は「越前」=スロ81 2101、最後尾は「若狭」=スロフ81 2101だそうです。

お座敷列車は団体専用でしたので、一般客は乗車出来ず、この手の車両は一度も乗ったことがありません。畳敷きにゆうゆうとくつろいで旅が出来るなんて最高ですね。でも、酒を飲んじゃうと振動や揺れで酔いが早く廻るのかも??

グリーン車は、後に黄緑色ラインの標記を省略するようになったので、黄緑色に塗られたままの車両は美しいですねぇ。

スロ最後尾の先、高架橋の先にDE10らしき車輛と165系が小さく映ってますが、あの辺りが豊橋機関区になります。



スキャンの際に、トリミングした画像もどうぞ。もう少し拡大されて見易くなってます。

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# by takurika54 | 2012-05-26 15:02 | 80年代 客車 | Comments(3)

80年代 銀河とまつかぜ

1981年春の大阪駅模様です。

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(「急行銀河」ナハネフ22と「特急まつかぜ」キハ82 1981年春 大阪駅にて)

当時の記録が全く無いので、他の方のHP等でいろいろと調べてみると、大阪駅に「銀河」が到着するのと同時に「まつかぜ」が発車するようなダイヤになっていたようです。

ナハネフ22は、まだおでこに白線が引かれていて白線3本時代の頃です。20系は1980年に特急運用から離脱していましたが、格下げされてもなお急行寝台車として一線級の活躍をしていた頃です。1980年から「銀河」もイラスト入り名称となったようで、牽引機はEF58からEF65に世代交代したばかりでした。

「まつかぜ」の方は、編成に食堂車(キシ80)も組み込まれた堂々の13両編成だったようで、山陰線経由で長躯博多駅までほぼ半日かけて運用されてました。
この時には、何故だかキシ80も撮影してましたので、こちらはいつの日にかご紹介しますね。

向こうのホームには、快速の113系と各停(普通)の103系も見えてますね。
「銀河」の到着したホームには、小中学生がチラホラ見えてます。当時は、L特急やらブルトレやらで、チビッコ鉄道ファンが増えていた頃です。当時は鉄子さんは見掛けませんでしたねぇ。時代の移り変わりを感じてしまいます。
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# by takurika54 | 2012-05-19 12:52 | 80年代 客車 | Comments(2)