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80年代 キハユニ15 3 その4

キハユニ15 3の車番のアップ画像です。

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(キハユニ15 3 1980年春 加古川駅にて)

郵便の区画は、真ん中の扉側にあって、丁度車番標記の上部に「郵〒便」と書かれてました。
車番なぞほとんど記録していませんが、珍しい車だったので撮影したのだと思います。
もう少し離れて撮っていれば、車内の様子やら分かったのですが…。

郵便室の扉は開いていて、荷役をしていたのだと思います。
扉横の手すりは、車体から張り出すようにして取り付けられています。

加古川線のようなローカル線でも、当時は荷物も郵便も多く流通していて、地方の大切な足でした。
現在のようにネットで注文すれば翌日には配送されるような便利な時代では無く、郵便物以外の大物の荷物は、駅に持っていって駅に取りに行かねばならない時代でした。


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by takurika54 | 2015-09-26 23:44 | 80年代 気動車 | Comments(0)

80年代 キハユニ15 3 その3

キハユニ15 3の画像の3枚目です。

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(キハユニ15 3 1980年春 加古川駅にて)

キハユニ15 3の画像は、ピンボケのダメ画像を2枚ご覧頂きましたが、これは唯一まともな画像です。
跨線橋の窓から上部から撮った画像です。
加古川駅5番線に到着したばかりのキハユニ15 3です。

この角度からだと、ガラベンが並んだ特徴あるスタイルが確認出来ます。
屋根上の塗り分けまで分かると良かったのですが、煤けて見えません。どこまで朱色に塗られていたのでしょうね?
後続はキハ35と思われます。パンを切ったような朱色一色の切妻が見えています。
キハユニ15 3の屋根がいかに低かったかが分かる画像ですね。終焉前のキハユニ15は、キハ30かキハ35あたりと編成を組むことが多かったようです。

荷物室からは、紐がかけられたダンボールをドカドカと荷卸ししています。加古川線系統の各駅から積み込まれた荷物は、加古川駅で積み替えられ西へ東へ運ばれてゆきました。宅急便の仕組みが発達する前は、こうして駅で荷卸しする作業は日常的に見られました。

左には、加古川線や高砂線へ転線する貨車が留置されています。
ワラ1やワム60000あたりが留置されているのが見えます。
キハユニ15 3の向こう側には、キセ付きのタンク車も見えてます。踏み板の形状・縦に白いスジの入った社紋板・1本だけのS字管から、タキ20300ではないでしょうか?
播磨化成工業KK所有のペーストサイズ剤専用車で、踏み板が保安対策用に強化されているので、タキ20304かタキ20305かと思われます。

吉岡心平御大のHPのタキ20304~20305の紹介記事はこちらです。


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by takurika54 | 2015-09-13 16:34 | 80年代 気動車 | Comments(0)

80年代 阪急820

阪急西宮北口駅です。

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(阪急820 1980年春頃 西宮北口駅にて)

今津から平面交差を渡って、宝塚方面行きのホームに到着した阪急820です。

行先サボには、青いふち取りのない頃のサボです。
連結器は、復元装置のコイルバネが見えているタイプです。コイルバネの見えていない連結器もあるので、電動車と制御車との違い、偶数車・奇数車の違い …??

貫通扉にもワイパーが付いていますね。これは電動で動かすのでは無さそうです。この位置にワイパーモーターは付かないように思います。
手で動かすのでしょうね、でも何のために?

ホーム下には、扉位置を示すプレートがあります。青地に白い●印が3つ書かれています。
今なら、ホーム床面上に扉位置が書かれてていますが、当時はホーム床面上には何も書かれていませんでした。点字ブロックすら無かったと思います。


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by takurika54 | 2015-09-06 20:21 | 80年代 阪急電鉄 | Comments(0)