80年代 スロフ81 2113

東京駅です。

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(スロフ81 2113 1982年春 東京駅にて)

ピントが甘いうえ手ブレしたダメ画像で恐縮です。

飯田線全線通し乗りした際に、辰野から新宿経由東京駅へ行き、東京から大垣行きの夜行各停に乗って豊橋へ向かいましたが、東京駅にお座敷列車が停車していました。

車番は記録していなかったのですが、白線2本で「柴又」とあるので、東京南管理局のお座敷列車、いわゆる「シナ座」です。
「柴又」はスロフ81 2113となります。

白い窓は洗面所、その左横にはグリーン車のマーク、その隣りは車掌室でしょうか?音響設備らしき機器が見えています。
客窓は障子がはめられています。ガラス窓には紙が貼られていますが、赤と青の矢印マークとなってますので「日本旅行」の社章ですね。
日本旅行が企画したツアーなのでしょうね、お座敷列車を貸し切って温泉地や観光地を巡ったものと思います。

屋根上には角ばったAU13型クーラーが見えています。この武骨なクーラーも格好良いですよね。

だいぶ前に金沢局福井区のお座敷列車をご紹介していますので、こちらも見てみて下さいね。


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by takurika54 | 2014-08-31 01:17 | 80年代 客車 | Comments(0)

80年代 飯田線 クモニ13 026

飯田線特集パート2第29弾です。

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(クモニ13 026 1982年春 伊那松島駅にて)

クモニ83とクモニ13の荷電だけの運用で、伊那松島駅に入線してきました。

当時の飯田線には、豊橋機関区にクモニ13が2両配置され、クモニ83とペアを組んで荷電専用運用に就いてました。
025と026が居ましたが、1エンド側(パンタ側)正面からは見分け易い形態でした。サボ受けに形態差があり、縦にバーがあるのが025、無いのが026です。

元は、大正時代に製造された木造電車を鋼体化改造して誕生したようで17m級の短い車長になってます。
73系のような顔立ちをしていながら、パンタはPS11なので見慣れぬ姿をしています。
伊那松島区の車は、運転席窓がHゴム化されてましたが、クモニ13だけはHゴム化されずにいました。
助手席窓には「荷3」と運用番号が掲示されてます。助手席窓の下には、関東で見られた「荷物電車」のサボが吊り下げれるようにサボ掛けとサボ受けが見えてます。シル下に2ヶ所サボ掛けが、その下に1ヶ所のサボ受けがあります。

客扱いの編成には、クモユニ56やクモハユニ64が組まれ、クモニ83が併結された運用も多く、更には荷物専用の運用もあったので、当時の飯田線は物流の要だったことがうかがい知れます。クモユニ56が6両、クモハユニ64が1両、クモニ83が3両、クモニ13が2両と、荷物・郵便を運ぶ車両が12両も居ました。
全国に高速道路が張り巡らされ、宅配が当たり前の現在からするととても考えられない車輛配置の多さです。

クモニ13 026は、パート1でもご紹介してますのでこちらも見てみて下さいね。


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by takurika54 | 2014-08-23 09:04 | 80年代 飯田線 | Comments(0)

80年代 飯田線 クモハ61 003 その3

飯田線特集パート2第28弾です。
パート1でもご紹介したクモハ61 003です。

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(クモハ61 003 1982年春 伊那松島機関区にて)

左側で、機関庫から少しだけ頭を出しているのがクモハ61 003です。
画像を拡大して番号を読んでいますが、003の特徴からも判別出来ます。助手席窓がHゴム化されていない、運転席窓上のガラリが埋められていて存在しない、非パンタ側にジャンパ栓がある…等。
貫通ホロ枠付きでホロ自体も具備してあって、なかなか厳めしい面構えです。クモハ61 003は両運転台車であることから、予備的存在でして、他車が全検等で運用から外れている時のピンチヒッターを務めていました。

右側はジャンパ栓付きの半流型なのでクモハ54だと思われますが、番号まで特定出来ませんでした。
運用幕窓が3ケタ、運転席上のガラリが埋められていて板で塞いでいない、運転席窓のHゴム処理は凹んでいない…等から、111か117のどちらかだと思うのですが…。側面が見えていれば、戸袋がHゴム化されているか否かで判別出来るのですが、この位置からでは分かりませんね。


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by takurika54 | 2014-08-17 23:29 | 80年代 飯田線 | Comments(0)

80年代 EF58 156

加古川駅に入線するEF58 156です。

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(EF58 156 1980年春頃 加古川駅にて)

以前、EF65 124との並びをご覧頂きましたが、EF65 124が入線する前にまずEF58 156の牽引する荷物列車が入線してきました。

EF58 156は浜松機関区配置のカマで、前面窓と側面中央窓が落成時からHゴム支持されています。前面窓のHゴムは黒色ですが、側面中央窓のHゴムは白ですね。
ワイパーは腕折り型で落成したようですが、浜松区で標準的に装備されていたWP50に換装されています(助手席側はWP35)。

すぐ隣の号機であるEF58 157は、ご存じの通りJRに継承されて復活し長らくイベントや工臨に活躍しましたが、1番違うだけでその後の運命は違ったものになっています。156号機は、ほかのEF58と一緒に下関区に集中配置され、荷物列車終焉まで活躍しました。

EF58 156の次位は、マニ44ですね。青く長いプレス加工鋼板のボディをまといながら、車掌室があります。
その次はマニ50と思われます。早春なのでまだ暖房用に蒸気を使っていたようです。マニ44とマニ50の連結部から白い蒸気がチラっともれてます。


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by takurika54 | 2014-08-10 12:03 | 80年代 EF58 | Comments(0)

80年代 飯田線 クモハ54 131

飯田線特集パート2第27弾です。

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(クモハ54 131 1982年春 伊那松島機関区にて)

第22弾でご紹介したクハ68 416とペアを組んでいたクモハ54 131です。

ロングシート車をセミクロスシートに改造した部類なので、乗降扉間の窓は5枚です。
パンタはPS11のままでした。

旧型国電末期には、飯田線をはじめ大糸線や身延線などに魅力ある戦前製の車両が沢山いましたが、民鉄に払い下げられることなく流電を除いて全車解体されてしまったことは、非常に惜しいことです。
今なら、JRのほか大手私鉄でも博物館を整備して、由緒ある車両を残していますが、当時は大赤字の国鉄でしたので売り上げに直接寄与しない保存行為などは敬遠されていたのでしょうね。


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by takurika54 | 2014-08-09 07:49 | 80年代 飯田線 | Comments(0)

80年代 阪急2812

久しぶりに阪急の車両をご紹介しましょう。
3扉化されて京都線の急行運用に就く2812です。

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(阪急2812 1980年頃 桂駅にて)

3扉化されてロングシート車に格下げになったものの、2連窓を残して8両編成を組んでいた頃の画像です。嵐山へ出掛けた時の往路で乗り合わせたものです。
向かい側のホームから撮影していれば、2800系の特徴ある2連窓が記録出来ていたのですが、この角度からは2連窓は見えませんね。

先頭の電動車は、パンタを2丁搭載していてなかなか格好良いです。
私の実家は西宮北口以西の神戸線沿線でしたので、特急と各停しか設定が無くて、急行のサボは珍しいものでした。

2800系は能勢電に払い下げられることもなく、正雀に保存されることもないのは只々残念でなりません。ネットで調べると民間に制御車である2861が台車もついて保存されているようです。ただ、鉄道会社やメーカの保存だと、保存体制を整えて定期的に手を入れるので醜くなることは無いと思いますが、民間レベルでの天地保存のようですから、風雨にさらされて醜い姿をさらすことにならないことを祈るばかりです。

写っている乗客は非番の職員でしょうか?車掌と親しげに会話を交わした後、軽やかに河原町に向けて発車してゆきました。


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by takurika54 | 2014-08-03 10:15 | 80年代 阪急電鉄 | Comments(0)