80年代 飯田線 クハ47 104 その2

飯田線特集パート2第16弾です。

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(クハ47 104 1982年春 伊那松島機関区にて)

前回、洗車線に居たクハ47 104をご覧頂きましたが、洗車台が邪魔してキレイな写真が撮れなかったなぁと嘆いていたところ、運用に入るべく洗車線から出てきたのでもう一枚撮ったものです。
ギリギリ、ケーブルに掛からずに自分では満足ゆく形式写真が撮れたと自負しております。

運転手側も助手側も窓はHゴム化されており、乗降扉もHゴム化されてますが、42系の流れをくむ正統派2扉車です。

ホロ枠は撤去されていて存在しないはずですが、スカ色の塗り分けはあたかもホロ枠があるがごとく塗り分けられてます。

床下後方には楕円をした筒が見えてますが、FRP製の水タンクですね。クハ47 104は、トイレ取付の際に乗降扉横の窓が1枚埋められており、他の100番台の車と見分け易くなってます。

これで4輪ともスポークでも履いていたらGood Jobなんですが…。


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by takurika54 | 2014-04-27 15:50 | 80年代 飯田線 | Comments(0)

80年代 阪急850 その1

久しぶりに阪急の車をお届けします。

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(阪急850 1979年頃 夙川駅側線にて)

甲陽線で、夕方の2編成運用に向けて西宮北口車庫から回送され、夙川駅の側線に入線したところの阪急850です。
回送のプレートが「回」だけの旧タイプです。

車両が新しくなっても、ここの側線を使って朝夕の運用に入るのは今も変わらぬ光景となっています。

小振りの3枚板のアンチクライマーが付いてます。阪急の旧性能車にはアンチクライマーが付いていましたが、新性能化された初代1000系以降はアンチクライマー無しとなりました。
自連は、ナックルが下方に長いタイプです。国鉄で見られるナックルとは一味違います。

下から見上げた画像だと目立つので気が付いたのですが、前照灯の左右には何やら突起物が1個づつ取り付けられています。屋根の傾斜部なので、足掛け的な役割をしていたのでしょうか?外嵌め式の尾灯がキュートですね。

別の日に撮影された僚機阪急851の記事はこちらです。


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by takurika54 | 2014-04-26 01:59 | 80年代 阪急電鉄 | Comments(0)

80年代 飯田線 クハ47 104 その1

飯田線特集パート2第15弾です。

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(クハ47 104 1982年春 伊那松島機関区にて)

クモハユニ64 000に続いてご紹介する伊那松島機関区で撮影した車ですが、まずは制御車から見て頂きましょう。
最初は2扉車のクハ47 104です。

100番台は関西地区に投入された42系に属するようで、乗務員扉と乗降扉の間に窓が1枚はさまった形態で、クモハ43を制御車にしたような感じです。
以前、パート1でご紹介したクハ47 009は、横須賀線に投入された旧32系に属し、乗務員扉と乗降扉の間に窓が無い形態です。旧32系のクハ47は、貫通扉も無くて、正面の形態も違ってます。

クハ47 104は、運転席側の窓だけでなく助手席側の窓もHゴム化されています。

この時は、一番端の洗車線に居て、好きな2扉車が映せなくて残念な思いをしながら撮影しましたが、洗車用の配管がどうなっているか等が見れて今となっては貴重な記録が出来たと思ってます。

クハ47 009の画像もご覧頂きましょう。乗務員扉と乗降扉の間の窓の有無を見比べてみて下さいね。
クハ47 009の記事も見てみて下さい。

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(クハ47 009 1980年夏 辰野駅にて(再掲))


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by takurika54 | 2014-04-20 07:19 | 80年代 飯田線 | Comments(0)

80年代 オハ47 2219

久しぶりに旧型客車をご覧頂きましょう。オハ47 2219です。

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(オハ47 2219 1981年春頃 大阪駅にて)

昇降扉が開きっぱなしなので、扉の形状が不明です。扉が開いていることで、車内内壁に消火器が取り付けられているのがよく分かります。

TR23はコロ軸受化されたものを履いており、ちょっと見辛いですが手前のTR23はスポーク車輪です。

洗面所の窓は白塗りタイプで、中折れ開閉の無いタイプです。客室窓はアルミサッシ化はされずに木枠のままです。

オハ47 2219は宮原区の車で「大ミハ」と書かれてるのがハッキリと見えてますね。急行越前さまのブログには一番違いのオハ47 2220がご紹介されてます。2220と2219はともに宮原区に居ましたが2220は最晩年に福知山へ移っています。
福知山行のサボが掲げられており、車内にもちらほらと乗客が座っているのが見えます。日曜の昼間とは言え、この長閑な風景はなんでしょう。今では考えられない光景が30年前の大阪駅には存在したのです。


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by takurika54 | 2014-04-14 00:13 | 80年代 客車 | Comments(0)

80年代 飯田線 クモハユニ64 000 その2

飯田線特集パート2第14弾です。

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(クモハユニ64 000 1982年春 伊那松島機関区にて)

先週に続いてクモハユニ64 000をご覧頂きます。
1枚目を撮り終えた後、乗務員が現れて運転席に乗り込んだかと思ったら、すぐにパンタが上がってコンプがコトコトと動き出しました。
パンタが下りた写真を撮り終えたばかりでしたが、パンタが上がった写真も撮ったのがこの1枚です。

せっかくパンタが上がったのに、全体的に暗い仕上がりになってしまい残念です。

パンタはPS13なのが少し残念ですが、クハユニ56に前パンタが搭載されたような姿でなかなか好ましいです。
クハユニ56とやや顔付きが違うのは、挿し込み式のサボ受けが無く引っ掛け式となっているため、鼻筋がのっぺりしています。

飯田線特集パート1は1980年夏の記録ですが、その頃にクモハユニ64 000と出会っていれば、運転台窓がHゴム化される前のぶどう2号色だったのになぁ。


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by takurika54 | 2014-04-12 01:34 | 80年代 飯田線 | Comments(0)

80年代 キハユニ15 6 その2

加古川気動車区の珍車ふたたびです。

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(キハユニ15 6 1980年春 加古川駅にて)

以前、加古川駅に停車中のキハユニ15 6の画像をご覧頂きましたが、今回はこの列車が加古川駅に入線するところの画像です。

駅に入線するポイントをまさに通過しようとしているところで、カラカラと軽いアイドリングを残して横を過ぎてゆきました。

加古川線を通るルートは寒冷地ではありませんが、加古川線終着の谷川駅は兵庫県の中部に位置し、冬場はそれなりに寒いところです。なので、鼻筋左にあるベンチレーションにはすきま風防止のためにガムテープがべったりと貼られていて美観を損ねています。

飯田線のご紹介の真っ最中ですが、豊橋駅のクハ86と見比べても顔立ちは同じですね。運行幕窓とタイフォンカバーが無いくらいで、連結器や尾灯の上にあるステップ位置やつかみ棒の位置は同じです。
連結器部の車体側には切欠きは無く、ツライチの処理です。

加古川駅は、高架駅に建て替えられ、平屋駅舎時代の設備は全く残ってませんので、この辺の雰囲気もガラッと変わってます。


↓豊橋駅のクハ86(再掲)↓

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by takurika54 | 2014-04-06 11:20 | 80年代 気動車 | Comments(0)

80年代 飯田線 クモハユニ64 000 その1

飯田線特集パート2第13弾です。七久保から突然飛びますが、伊那松島機関区に到着です。

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(クモハユニ64 000 1982年春 伊那松島機関区にて)

伊那松島駅で構内入場の許可を得て、ホームから職員通路を通っていよいよ機関区へ入場です。

まず出迎えてくれたのは1型式1両の貴重なクモハユニ64 000です。前回1980年夏に伊那松島へ来た時には会えなかった車でしたので、大変興奮したことを思い出しました。
荷物と郵便の合造車であり、電装車であり、両運転台であり、やたら長い型式になってます。

運転席窓はHゴム化され、運転席窓上のベンチは板で塞がれ、他の車の同様にスカ色に塗り替えられて飯田線仕様に仕上がってます。
運転席窓のHゴムは、元の窓枠部の凹みを生かしてHゴム化されているので、幾分Hゴムが目立たないようになってます。

荷物室扉も郵便室扉も、乗客窓と合わせて横桟が入っています。

曇天でいい天気とは言えませんが、逆に架線の影が映らずにキレイな型式写真となりました。(パンタは畳んでますが…)



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by takurika54 | 2014-04-05 23:30 | 80年代 飯田線 | Comments(0)