80年代 飯田線 クモハ54 108 その2

飯田線特集パート2第12弾です。

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(クモハ54 108 1982年春 七久保駅にて)

天竜峡駅で165系急行「伊那1号」から旧型国電に乗り換えて、伊那松島機関区を目指します。途中、七久保駅で豊橋行きの80系と交換するため小休止したので、ホーム端っこから撮影したものです。

クモハ54 108は、ホロ枠は残されてますがホロは付いてません。ホロ枠上部には、ホロを引っ掛けるフックが付いています。
スカ色の塗り分けは、ホロ枠が境界線のようですが、ウインドシル下の青色はホロ枠手前でRのついた塗り分けです。

飯田線に入線した80系は、全車が全金属製車体の300番台でしたので、バリエーションの変化に乏しいものでした。正面窓はもちろんのこと、運行表示幕もHゴム化された旧型国電では一番近代的なスタイルをしています。とは言え、見てくれは近代的でも吊掛車には変わりなく、重低音をとどろかせていました。

3線を跨ぐ格好で架線柱が設置されていますが、アームの上には何やら傘らしきものが見えてます。これはどうやらホーム用の照明のようです。ホーム上には街灯のようなポールは見えませんので、間違い無いと思いますが…。今になって気付くこともあるもんですね。


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by takurika54 | 2014-03-30 23:02 | 80年代 飯田線 | Comments(0)

80年代 飯田線 クモハ54 108

飯田線特集パート2第11弾です。

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(クモハ54 108 1982年春 天竜峡駅にて)

当時、クハ68 405とペアを組んでいたクモハ54 108です。

ロングシート車のモハ60をセミクロスシートに改造した100番台で、乗降扉間の窓が5個のタイプです。
左隣にチラっと見えている車は前回ご紹介のクハ68 405は、車体にリベットが打ち込まれた武骨なスタイルでしたが、このクモハ54 108はリベットレスなスッキリした印象です。
パンタはPS11を搭載して好ましいですが、戸袋部の窓はHゴム化されていて外観がやや損なわれています。よく見ると、戸袋部の車内側には横桟が残ったままなのですね。Hゴム窓ごしに茶色く木が横に渡してあります。Hゴム化は車体外板側だけに施されているのが分かります。

連結面のスカ色の塗り分けもよく分かります。雨樋までは塗り分けされてますが、その左にある電気管は塗り分けされずベタっと青15号一色で塗られています。

線路には、渡り線が見えています。貨物列車の機回しや留置線へ向かう時の転線に使われていたのでしょう。


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by takurika54 | 2014-03-22 08:01 | 80年代 飯田線 | Comments(0)

80年代 EF58 39

串本駅でのEF58 39です。

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(EF58 39 1986年3月 串本駅にて)

以前ご紹介したEF58 42牽引の夜行の各停列車に乗り新宮まで行った後、橋杭岩と大島へ立ち寄って、串本からまたEF58牽引の客車列車(123レ)に乗ったのがこの画像です。

デッキ無しの流線型で新製されたEF58は37号機からですが、そこから3両目に付番された極めて初期の車です。
前端梁が狭いタイプで、正面窓下の手すりも無く、ヘッドマーク掛けの左右にはステップもありません。手すり・ステップは大半のEF58が改造されて具備していましたが、未改造の貴重な個体です。パンタもPS14のままです。

竜華区の特徴であるブタ鼻2灯化されてます。運転室側窓はEF58 36みたくHゴム化されています。正面窓がHゴム化されていても、ひさし付きだとまだ見れる姿のような気がします。

どうも、この日が紀勢線のEF58の最終定期運用日だったようで、同乗したファンから「今日でEF58も終わりですね」と言われたことを思い出します。今のようにリアルタイムに情報があふれている時代では無かったので、まさに間一髪。従い、EF58を追っ掛けているファンもチラホラしか居なかったように思います。
今なら、定期運用最終日ともなれば、ホームやら沿線には鈴なりのファンで埋め尽くされていることでしょうね。平成も近づいていた頃ですが、まだまだのんびりした時代でした。


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by takurika54 | 2014-03-21 02:09 | 80年代 EF58 | Comments(0)

80年代 飯田線 クハ68 405

飯田線特集パート2第10弾です。

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(クハ68 405 1982年春 天竜峡駅にて)

前回のクモハ54 001クハ68 406と編成を組んでいたクハ68 405+クモハ54 108です。まずはクハ68 405からどうぞ。

クハ68 405は、42系であるクロハ59を2扉→3扉化改造して誕生しています。クロハ59は2等・3等の合造車でしたが、2等席が廃止されオール3等化され、更に3扉化された経緯をたどっています。

一見するとクハ47 100番台を3扉化したように見えますが、1番目と2番目の扉間の窓配置と、2番目と3番目の扉間の窓配置が違います。3番目扉手前の窓2枚は窓間隔やや離れていますね。これが「ロ」=2等席の名残りのようです。よく見ると増設された真ん中の扉にもウインドヘッダが施工されてます。
1番目の扉右上にはサボ受けがありますが、残念ながらサボは刺さってません。

連結面は、貫通ホロ取付用の枠があります。枠には明かり取りは無く、昇降用ステップが3ヶ所取り付けられています。
運転席窓はHゴム化されていますが、乗降扉の戸袋はHゴム化されずにオリジナルを保っています。


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by takurika54 | 2014-03-15 17:17 | 80年代 飯田線 | Comments(0)

80年代 竜華区のEF15

関西線の車窓から竜華区を撮った画像です。

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(EF15 1980年頃か? 竜華機関区にて(車窓から撮影))

天王寺へ向かう関西線の車窓から撮った画像です。ネガ紛失でプリントからスキャンしたのでクリアな画像で無くて恐縮です。
以前ご紹介した久宝寺から杉本町へ向かう短絡線にEF15を見に行った時のネガには無い画像なので、家族で奈良かどこかに行った帰りに撮ったのかも知れません。この辺の記憶は全く無い…。

パンタを下して次の出番を待っているEF15です。
竜華区の特徴で、前照灯がブタ鼻改造され2灯シールドビーム化されています。デッキ昇降の手摺が白く塗られているのも竜華区の特徴です。運転席側窓には縦に白いバーが入っているように見えますが、これはアルミサッシ化されてこう見えているのでしょうね。

残念ながら車番は分かりませんが、車体側面機械室窓がHゴム化されモニタールーフ窓もHゴム化されているようなので、162号以降の15次型のようです。手元にある1979年配置表で見ると、当時の竜華には15次型が9両も居たようで、全16両の半数以上が15次型になっていて車番特定には至りませんでした。

遠く機関庫側にもEF15とEF58が見えてます。EF15の前面は黒Hゴム支持ですが、EF58はグレー系のHゴム支持です。



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by takurika54 | 2014-03-09 22:40 | 80年代 電気機関車 | Comments(2)

80年代 飯田線 クハ68 406

飯田線特集パート2第9弾です。

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(クハ68 406 1982年春 天竜峡駅にて)

クモハ54 001とペアを組んでいたクハ68 406です。
オリジナルの51系で、乗降扉間の窓は6枚です。シル・ヘッダーはリベット止めされていて武骨なスタイルです。
元々はトイレ無しの車でしたが、長距離を長時間走る飯田線に投入される際にトイレ取付改造が行われ、トイレ付きの車は400番台を名乗りました。

編成の真ん中の車なので、正面は撮れないにしても、なぜ連結面から撮影したのでしょう?でも、そのおかげでトイレ側の詳細が見れます。
トイレ部の窓は、縦筋の入った波板ガラスになってます。トイレ部の窓と乗降扉間に元々あった窓は埋められて、ここにはタンクなんかが取り付けられているそうです。
トイレ部の窓の上、ヘッダーのすぐ上には、後付けのベンチが作られています。車体に直接スリット板をはめ込んだような簡易な作りです。

トイレの真下には、流し管が見えてます。当時、優等列車以外はこのぼっとん便所でした。列車が走っている時の風圧を利用して、大便小便を車外へ吐き出す仕組みで水洗ではありませんでした。そう考えると当時の線路端は案外不衛生な状態だったのかも。



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by takurika54 | 2014-03-08 02:22 | 80年代 飯田線 | Comments(0)

80年代 153系新快速その6

ここんところ土日のどちらか1日しかブログUP出来ていなかったので、今回は平日ですが気まぐれにUPしてみます。
実家の地元の西ノ宮での画像です。

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(クハ153 1979年秋頃? 芦屋~西ノ宮間にて(今のさくら夙川付近))

ちょっと流れてしまったダメ画像で恐縮です。

前照灯がシールドビーム化された高運転台の500番台です。
153系は両端に乗降扉があって、いわゆるデッキ付きの車ですが、当時から朝夕ラッシュ時には乗り降りに時間が掛かっていてスピードアップの足かせとなってました。
今の車両と違って、片ドアの車ですから、一度にドカッと乗ったり降りたりするにはいささか不都合がありますね。元々は急行型として作られた車ですから、ラッシュアワーに大量輸送することは想定されていなかったのでしょう。

前面の方向幕には「近江今津」となっていますが、車体側面にはサボは刺さっておらず行き先表示は何もありません。入線していても、ホームの行き先掲示を見るか、駅員のアナウンスを聞き込まないと乗り間違えや乗り損ねしそうです。でも、当時はこれが当たり前でしたので、改札に入ったらホーム番線やら時刻やらを注意深く見たものです。

このカラーリングは、阪和線でも施工されましたが、こちらは近郊型113系の3ドア車でして、スカイブルーが似合うのはこの153系新快速やなぁと勝手に思ってました。しかも、ヘッドマークが円形に羽根の生えたような形をして、シンプルな黄色のヘッドマークの方が似合うなぁと、これまた勝手に思ってました。
同じ塗り分けで、赤いラインの車両が関西線に居て、環状線~天王寺~奈良まで運用されてました。関西線用の赤いラインは、春日大社をイメージしていて正しくは朱色だそうな。残念ながら、関西線の赤ライン113系は未撮影ですので悪しからず。



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by takurika54 | 2014-03-04 00:30 | 80年代 電車 | Comments(0)

80年代 飯田線 クモハ54 001

飯田線特集パート2第8弾です。


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(クモハ54 001 1982年春 天竜峡駅にて)

天竜峡駅脇の留置線に居た1編成を撮影した後、この編成に乗っていよいよ伊那松島へ向かいます。
この日の編成は、
  ←豊橋
  クモハ54 001
  クハ68 406
  クハ68 405
  クモハ54 108
  辰野→
でした。

まずご覧頂くのは、飯田線特集パート1でもご覧頂いたクモハ54 001です。
パート1でご覧頂いた画像は①位側からでしたが、今回ご覧頂く画像は②位側からになります。

乗降扉間の窓が6枚あるオリジナル車で、シル・ヘッダーにリベットのあり武骨ないでたちで私の好きな旧国のひとつです。この車は①位側も②位側も乗降扉窓6枚全てには中桟が残っていて、サイドの見た目が美しい車です。行先サボ受けはヘッダーと雨樋の間に取り付けられています。

こうして画像を見ると、当時のローカル線の路床って赤茶けていて、油がしみ込んだところは黒光りしていました。今はどこの路床もキレイですよね。電車や機関車から垂れる油やドロが格段に減り、バラストの入れ替えも頻繁に行われているからなのでしょうね。

背後には天竜峡駅の特徴的な三角形屋根が見えてます。


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by takurika54 | 2014-03-02 10:21 | 80年代 飯田線 | Comments(0)