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80年代 EF58 143

京都駅です。

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(EF58 143 1982年?頃 京都駅)

京都駅構内でパンを上げ、牽引編成組みを待つ143号機です。
ホーム屋根の影が掛かってしまっていてキレイな画像ではありませんが、私が撮影したネガの中では珍しく型式写真ぽく映してます。

EF58 143は新製から廃車までずっ~と宮原区を離れなかった稀有な機関車です。
残念なことに、竜華区のEF58のように前照灯がブタ鼻2灯化されています。ワイパーは腕折れ式のKW3Dです。腕折れ式のワイパーは、窓の端っこで止めた状態の画像は良く見掛けますが、端っこに戻る前に止めた状態になっているのが少し面白いです。やはり原形小窓でワイパーも原形の車は、水切り位置がしっくりきますね。Hゴム化されWP50ワイパーに換装された車は、水切りが僅かに上方へ移動しており、表情が変わってしまいます。目と眉毛の間隔が広がった間抜けな感じ…とでも言えばよいでしょうか?
誘導掛用のステップが、前端バリのポール下に取り付けられた変形機だそうです。

EF58越しの向こう側に青い車体のパレット車が留置されているのが見えます。恐らくはマニ44だと思います。


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by takurika54 | 2014-01-26 19:55 | 80年代 EF58 | Comments(0)

80年代 飯田線 クモハ53 007

飯田線特集パート2第3弾です。


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(クモハ53 007 1982年春頃 東栄駅にて)

豊川から急行伊那1号に乗って天竜峡へ向かいましたが、東栄駅で上り各停と交換した編成の中にクモハ53 007がいました。旅程を変更してクモハ53 007に乗り換えたかった衝動を必死に抑えて、ホームから1枚だけ撮影したのがこれです。慌てて撮ったので、電燈柱で車番が被ってしまい、全体も捉えられずフレームアウトしちゃってます。

ノーシル・ノーヘッダーの大窓が並んでいて格好良いです。ペアを組んだクハ68 042が写っていないので、張り上げ屋根度合いが分かり難いです。
運転席側の乗降扉が開いていて、淡緑色に塗られた車内が見えています。

当時は、大好きなクモハ53 007をまともに撮影出来なかったことに大いに悔しい思いをしたのですが、クモハ53 007をキレイに撮影した方は沢山居られるので、逆にこんなスナップ的な画像を残せた方が良かったと今になって思います。

電燈柱に取り付けられた駅名標記板や、ホーム中ほどは土盛りだったあたりが時代を感じさせます。

僚機のクモハ53 008はパート1でご紹介してますので、こちらこちらもご覧下さい。

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by takurika54 | 2014-01-25 17:14 | 80年代 飯田線 | Comments(0)

80年代 阪急1013と1250

昨年11月末に阪急 新1000系がデビューしたそうで、旧1000系をベースに量産化された1010系を偲んでご紹介しましょう。

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(阪急1013と1250の並び 1981年夏頃? 苦楽園口駅にて)

私が小学生の頃は、神戸線で1010系は各停に大活躍していて、ありふれた車輛だったことからほとんど記録してませんでした。特徴ある二重屋根をもった新性能車ながらどこか垢抜けなくて、今見れば魅力的ですよね。もっとちゃんと記録しとけばよかった!

乗降扉手前の窓は戸袋部になっていて、嵌め殺しのすりガラスとなっています。これは、1010系の初期車の特徴で、2扉から後天改造で3扉になった車に見られるそうです。最初から3扉で新製された後期の車は、戸袋窓は透明だそうです。そんなこと全然知らんかった!

甲陽線は単線で、日中は1編成が夙川~甲陽園間をピストン運転してますが、朝夕のラッシュ時にはもう1編成が加わり2編成で運用されてました。なので、中間駅の苦楽園口駅では、上下交換が見られました。これは今でも変わってない運用ですよね。1013の編成は甲陽園へ、1250の編成は夙川へ向かいます。

1250の甲陽園側先頭車は1200ですが、1200はだいぶ前にご紹介してますので見てみて下さいね。

尚、新1000系はこんなです。(阪急のHPから)
旧1010系新製から50年以上経つと、こんなにも進化しちゃうんです。
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by takurika54 | 2014-01-19 01:06 | 80年代 阪急電鉄 | Comments(0)

80年代 飯田線 ED62 13

飯田線特集パート2の第2弾です。小雨降る豊川駅に入線したED62 13です。


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(ED62 13 1982年春 豊川駅にて)

第1弾でご紹介したクハ86に乗って豊川駅に降り立ったところへ、石油系タンク車を5両牽引したED62 13が入線してきました。

前照灯もブタ鼻化されずキレイな状態を保っています。豊橋口の貨物は1983年に廃止になったそうで、そのあおりを受けてか13号機は1985年(昭和60年)に解体されています。なので、豊橋口の貨物を牽引する貴重な記録をしていたことになります。

運転席側のワイパーはWP50に換装され、取付部干渉を避けるためヒサシをふくらませてあるのが見えます。乗務員扉後ろのフィルター部には、物々しいタブレット保護柵が取り付けられています。春先で冬場を過ぎたので、スノープラウは外されています。
豊橋機関区のED62は、10番台は年中スノープラウは取り付けられていなかったそうです。このことは全く知らないことでして、元機関士の方からのご指摘を頂きました。人工透析さま、ご指摘ありがとうございました。[2016年8月加筆]

後続のタンク車ですが、形状からして、タキ3000系+タキ38000か40000+タキ35000系+タキ3000系+タキ3000系 だと思われます。
最後尾にはちゃんと「ヨ」が編成されてます。屋根のカーブが浅くて、側面がのっぺりしている感じなので恐らくヨ6000だと思います。

ホームでは駅員がタブレットを手にしてED62に近づいています。これからタブレット受給が始まるところですね。

ED62は、特集パート1で3両ご紹介してますので、↓こちらも見てみて下さいね。
ED62 3
ED62 6
ED62 7


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by takurika54 | 2014-01-18 11:05 | 80年代 飯田線 | Comments(2)

80年代 EF58 112 その2

大阪駅です。


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(EF58 112 1981年秋頃 大阪駅にて)

急行「きたぐに」を牽引して大阪駅に到着したところです。

EF58 112は米原区の特徴であるワイパーカバーを装着しています。パンタは元々はPS14でしたがPS15に換装されてます。
米原区のEF58は、かつてはヘッドマークを掲げて「つるぎ」や「日本海」を牽引していたからでしょうか?ヘッドマーク掛けがダブルになってます。

EF58 112の次位はスユ16オユ10です。
かつては、オユ10が郵便車として編成され、荷物車のマニ37が編成されている時代もあったようです。更には、スロフ62がグリーン車として編成されていた時代もあったようです。が、利用率が低かったのでしょうね、撮影当時は既にグリーン車は居ませんでした。

EF58 112は以前にもご紹介してますので、こちらもご覧下さいね。

~訂正~
いつもご覧頂いてます「急行越前」さまより、EF58 112の次位の郵便車は、クーラー数や屋根・樋形状から「オユ10」とのご指摘を頂きました。
本文訂正しておきます。撮影した頃にはスユ16が編成されていたとの記録があり、丸飲みして信じておりました。申し訳ありません。
ご指摘ありがとうございました。これからも間違いや不明点はどしどしコメント下さいませ。

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by takurika54 | 2014-01-12 01:31 | 80年代 EF58 | Comments(1)

80年代 飯田線 クハ86

謹賀新年、ことしも当ブログをよろしくお願いします。

2014年(平成26年)最初のブログUPです。
年末年始は実家へ帰省し、今週は仕事関係で新年会と称した飲み会が続いたのでブログUP出来ずにいました。

年明けからは飯田線特集パート2をお送りします。パート2第1弾は豊橋駅に下り立って最初に乗った80系です。

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(クハ86 1982年春 豊橋駅にて)

早朝暗いうちに西宮の実家を出発し、新大阪からこだま号に乗って豊橋に下り立っています。雨が降っていて、出来の悪い画像で恐縮です。
クハ86撮影の後、この列車に乗って、まずは豊川へ向かいました。

列車乗り継ぎの記録が無いので、当時の時刻表からの推測ですが、この旅の工程は次のような感じだったと思います。
新大阪6:14→こだま200号→8:07豊橋8:18→825M→8:33豊川9:03→伊那1号→11:29天竜峡11:47→247M→14:34伊那松島16:08→255M→16:24辰野16:26→434M→21:30新宿~~東京23:25→345M→4:43豊橋~~夕刻こだまにて新大阪へ

当時中学生だったので、ホテルや旅館に泊まる考えは無くて、大垣行きの夜行345Mに乗りたくてわざわざ中央東線から東京へ出て、長時間並んだ記憶があります。

この日は平日だったのでしょうか?サラリーマンらしき人がホーム上にたくさんおられます。向こうのホームには名鉄パノラマカーが停車しています。


パート2では、豊橋駅・豊橋機関区、伊那松島機関区、そして天竜峡駅で旧型国電を撮影してます。今回からボチボチご紹介してゆきます、乞うご期待!


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by takurika54 | 2014-01-11 02:28 | 80年代 飯田線 | Comments(0)