80年代 飯田線 クモエ21 009 その2

飯田線特集パート1第19弾です。車両のご紹介は今回が最後です。

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(クモエ21 009 1980年夏 伊那松島機関区にて)

第15弾で、オリジナルの運転台側をご覧頂きましたが、今回は増設した特徴ある運転台側をご覧頂きます。
と言っても、いろいろな方が撮影してHPやらブログやらでご紹介されてますので、今更感がありますが…。

撮影した頃は、増設した側の正面はぶどう2号一色塗りになってますが、かつては尾灯からサボ受けの周辺に黄色く三角形の警戒色が塗られてました。

線路側にも機材搬出入出来るよう、荷役扉が設けられているのが特徴です。扉は横スライドでは無くて、手前に開くようです。扉の左端3箇所に蝶番が付いてます。

左側に留置されている車にはクモハ54 125と見えてます。


飯田線特集パート1の残りは、伊那松島機関区の遠景と伊那松島駅構内のスナップをご覧頂く予定です。


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by takurika54 | 2013-03-31 11:38 | 80年代 飯田線 | Comments(0)

80年代 加古川線のサボ(キハ35 63)

いつもは車両のご紹介ですが、今回は加古川駅で撮ったサボをご覧頂きましょう。

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(キハ35 63のサボ 1980年春 加古川駅にて)

何故このサボの画像を撮ったのか全く記憶にないのですが、ネガに含まれてました。

キハ35系は、正面には方向幕がありますが車体側面には無く、加古川線ではサボを使用していました。加古川発加治屋行きのサボです。

各停なので、何の装飾も無く白地に黒文字の全く特徴の無いプラ製のサボです。当時は、ホームの駅員詰所のそばとかにサボ立てがあって、駅員がサボを挿して廻ってました。
サボを出し入れし易いように、矢印の下に指が入れれるように小穴が開いてます。

いとも簡単に出し入れが出来るようになってますので、盗難され放題な感じです。当時でも一部ファンの暴走はありましたが、加古川線ではサボ盗難は無かったようです。サボを盗まれて手書きのボール紙のサボを見掛けることはありませんでした。

キハ35 63の画像はこちらをご覧下さい。


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by takurika54 | 2013-03-30 21:25 | 80年代 気動車 | Comments(0)

80年代 飯田線 クモハ61 003 その2

飯田線特集パート1第18弾です。

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(クモハ61 003 1980年夏 伊那松島機関区にて)

第4弾でお届けしたクモハ61 003をサイドから狙った画像です。

伊那松島機関区は非常に狭い区でして、なかなかキレイな形式写真を撮るのが難しく、仕方が無いので3編成が映り込むようにしてみました。

こちらから見ると、運転台側面窓下のベンチレータの形状が良く分かりますよね。伊那松島区に居たクモハ61の3両のうち、運転台側面窓下のベンチレータが残っていたのはこの003だけで、PS11パンタと相まって原形の面影を残した車でした。

外板はあちこち補修したと見えて、パッチ当て的に塗装の色合いが変わっている箇所があちこちにあります。
こうやって見ると、屋根はかなり茶系を帯びた色調です。この色調を模型で表現するのはとても難しそうです。

手前右側は、以前ご紹介したクハユニ56 002です。
左側は半流線型であることは分かりますが、記録が無いので車番は不明です。が、向きからして恐らくはクハ68と思われます。この車の特徴は、シルにリベットが無いことと、シルの真下につかみがあること。この条件でいろいろな方のHPやらで調べてみると、クハ68 408しか該当しないようです。果たして、アタリかなぁ??

飯田線特集パート1も、残り3枚となりました。


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by takurika54 | 2013-03-24 19:00 | 80年代 飯田線 | Comments(0)

80年代 EF58 52

豊橋駅に入線するEF58 52です。

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(EF58 52 1982年春 豊橋駅にて)

飯田線の旧型国電を撮影しに行った際に、豊橋駅に1日居ましたが、その時に撮影したものです。

予期せぬところへ入場してきて構える間も無く撮影したので、柱が邪魔して後ろの編成が良く見えないダメ画像で恐縮です。

EF58 52は、ヒサシ付きでHゴム化されてますが、Hゴムは黒色ですね。浜松区の車はヒサシ無しの白Hゴム車が多く、やや違和感があります。尾灯も外嵌め式に改造されてます。
が、パンタはPS14のままで、画像では良く見えませんが原形フィルター車だったそうです。

次には銀色のプレスドアが見えてますので、ワキ8000でしょうか?
向こうの留置線には、ホロをかぶせたトキ25000の編成が停車中です。雨露に濡れてはいけない積荷のようですが、鋼鉄製品でも載せていたのでしょうか?
トキ25000の編成の向こう側には、屋根だけ見えた有蓋車が居ますが、ガラベンが2個見えてますのでワフでしょうか?


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by takurika54 | 2013-03-24 00:22 | 80年代 EF58 | Comments(2)

80年代 381系しなの9号

家族旅行で信州へ行った際に乗車した「しなの9号」の大阪駅入線です。

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(クハ381 1980年夏 大阪駅にて)

「しなの」は、名古屋発が基本でしたが、「しなの9号」は大阪発でして、時間は掛かるものの乗り換え無しで松本・長野方面に行けました。「しなの9号」で塩尻まで行き、戻って辰野経由で伊那松島へ行ってます。現在飯田線特集パート1をお届け中ですが、この旅行はこれに乗車したところからスタートしてます。

「しなの9号」は大阪駅を8:30に出発しますが、10分ほど前に11番線に入線してきました。
盆休みの最中でしたから、ホームは行楽地や帰省する人で朝から混雑しており、「しなの9号」は警笛を鳴らしての入線だったようです。タイフォンカバーが開いてますよね。

381系は振り子電車として有名で、このしなの号は貫通扉付きの0番台です。紀勢線のくろしお号は非貫通の100番台だったようで、100番台のくろしお号も1枚だけ撮影しているのでいずれアップする予定です。

隣りの10番線には、米原行きの快速を待つ客の列です。10番線の客が邪魔してよぉく見えませんが、その向こうの9番線には福知山線の客車が停車しています。福知山発大阪行きで、画面中央の奥の方には最後尾に繋がれた荷物車らしき車が見えてます。
荷物車は影になっていて、窓や荷物扉の配置が良く見えませんが、影の加減から郵便室の明かり取り窓(?)が4ツ並んでいるように見えるのと、押込式通風機が手前に3ツ並んで見えてることから、スユニ50ではないかと判断してます。画面左側が郵便室、右側が荷物室だと思われます。ん~、合ってるかなぁ?


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by takurika54 | 2013-03-20 01:37 | 80年代 電車 | Comments(0)

80年代 飯田線 クモハ53 008 その2

飯田線特集パート1第17弾です。

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(クモハ53 008 1980年夏 伊那松島駅にて)

伊那松島機関区で旧型国電を撮影した後、家族旅行の目的地へ向かうため伊那松島駅で辰野方面の列車を待っていたところ、幸いにも合いの子のクモハ53 008が入線してきました。

残念ながら車体側面にピントが合って、肝心の顔はピン甘で流れてしまってダメダメ画像で恐縮です。

ノーシル・ノーヘッダで大きな窓が美しいです。狭窓が沢山並んだクハ47とは対照的です。パンタもPS11のままで、運転台窓のHゴムだけが惜しいですね。辰野駅で撮ったクハ53 008の画像はこちらをどうぞ。

真夏なので、窓という窓は開けられてます。一番手前の窓から女の子(?)が顔を出していますが、こんな格好で顔出せる姿勢が取れるとは、運転台後ろの席はどんなシートでしたっけ?ロングシート?

ホームには白線も点字ブロックも無くて、何とものんびりした時代だったことでしょう。バリアフリーもへったくれもありません。


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by takurika54 | 2013-03-17 14:26 | 80年代 飯田線 | Comments(2)

80年代 オハ35 1040

約2ヶ月間、客車のご紹介から遠ざかってました。久々に大阪駅の旧型客車です。

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(オハ35 1040 1981年春 大阪駅にて)

この車は福知山区所属(福フチ)です。鋼板屋根絞妻の戦後生まれの車でTR34を履いています。
乗降扉は木製ですが、高窓タイプになっていて、側窓と高さ位置がズレていて余り格好の良くないスタイルです。洗面台窓はスジ入りのすりガラスが入っているようです。

鋼板屋根なので継目がありますが、手前3~4本まではそこそこ見えてますが、そこから先は屋根が汚れていて継目かなんなのかサッパリ見えませんね。

小さくて分かり辛いですが、サボは「福知山行」が刺さってます。
撮影した時点で、すでに車歴35年程度が経っていますが、多少のくたびれ感はあるものの、戦後間もない登場にしては外板ベコベコでも無く、割合キレイな姿を留めています。

35系はキノコ折妻キャンバス屋根のオハフ33 388をご紹介済みですので、よろしければこちらもご覧くださいね。

ホーム足元を見ると、既に点字ブロックや整列乗車の白〇が書かれており、駅舎や構内は新しく模様替えしても、乗車に関するルールは昔も今も余り変わりませんね。


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by takurika54 | 2013-03-16 23:38 | 80年代 客車 | Comments(0)

80年代 飯田線 クハ47 009 その2

明日は朝早くから草野球なので夜のうちにアップします。
飯田線特集パート1第16弾です。

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(クハ47 009 1980年夏 辰野駅にて)

第5弾で向かい側のホームから撮ったクハ47 009をご覧頂きましたが、ホーム側からも撮ってましたので今回はこちらをご覧頂きましょう。

シル・ヘッダーだけで無く、ボディにもリベット打ちがあるゴツゴツした武骨な車ですが、調べると昭和5年(1930年)製だそうで、当時でも50年、今からだと80年以上も前に製造された車です。

夏場の暑い日でしたので、乗客窓は全て開け放たれており、600㎜幅の窓が18個、開け位置はバラバラですな。木製枠は建付けの悪さもあるのでしょう、やや斜めの状態で開けてある窓もあります。
乗務員扉の窓も開いてます。今ならセキュリティーの問題から、不使用の扉と窓は全て閉められていることでしょう。当時はまだまだのんびりした時代でした。
開いた窓からはおかっぱ頭の女の子が顔を出してます。

おや?運転台窓はHゴム仕様のはずですが、どう見てもHゴムは入ってませんね。とは言ってもオリジナルの木製枠でも無さそうです。何等かの事情でHゴムを入れれずにシール材か何かを塗ったくってしのいだのでしょうか?

向こうの1両目、オッサンが乗り込もうとしている車は合いの子で有名なクモハ53 008です。


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by takurika54 | 2013-03-10 00:44 | 80年代 飯田線 | Comments(2)

80年代 153系新快速その4

京都駅です。

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(クハ153 1979年晩秋 京都駅にて)

以前、京都駅での低運転台車の0番台をご紹介しましたが、こちらも0番台で、姫路行きの新快速です。

京都駅構内の跨線橋の上から撮影してますので、屋根上の状態がご覧頂けるかと思います。先頭の制御車は分散型のクーラーを搭載していますが、2両目の電動車はパンタがあるためクーラーは集中型のものを搭載しています。
雨樋のあたりを境に、車体側の白色と屋根の色とで違ってます。屋根は茶の混じったグレー系の色をしています。

隣りには、スカイブルーの103系各停が留置されています。しかも2編成留置のようです。東海道~山陽間の各停は、増結は無かったハズですので、全く別々の編成が1本の線上に留置されているのです。
この2編成の103系は、どちらも非冷房車ですね。ガラベングロベンがズラリと並んでいます。

先日、TOMIXの16番にスカイライナーの新快速が5月に発売になると予告がありました。低運転台車と高運転台車と両方設定されるようです。収集のテーマから外れるので購入予定はありませんが、魅力的に仕上げてくるのでしょうね。店頭で見れる日を今から楽しみにしています。

※グロベンをガラベンと間違えてしまいました。急行越前さま、ご指摘ありがとうございました。(3/13追)

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by takurika54 | 2013-03-09 18:05 | 80年代 電車 | Comments(1)

80年代 飯田線 クモエ21 009

飯田線特集パート1第15弾です。

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(クモエ21 009 1980年夏 伊那松島機関区にて)

伊那松島機関区の主的存在だったクモエ21 009です。
今回は特徴的な増設された運転台側では無く、オリジナルの運転台側の方をご覧頂きます。

元々は17m車のクモハ11を改造しています。運転台窓がHゴム化されていた伊那松島区にあって、Hゴム化されていない稀有な存在でした。
運転台窓下方には楕円の銘板が3枚取り付けられています。上から、日本国有鉄道・日本車両・長野工場(改造銘板)となってます。のちに、銘板は盗難にあったようで、他HPやブログを見ると1983年頃に撮影された該車には、日本車両と長野工場の銘板は欠品になってます。

運用番号幕は3ケタで、薄っすら3と1の番号が見えてます。
運転台の仕切壁はウグイス色に塗られているのも見えてます。仕切壁には消火器が掛けてあります。

左側には以前ご紹介したクハユニ56 002の相棒のクモハ54 106が、右側にいるのは車番は見えてませんがクモハ54 125です。


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by takurika54 | 2013-03-03 22:50 | 80年代 飯田線 | Comments(0)