80年代 神戸電鉄1000系

中学校の友人と船坂峠を越えて西宮から三田まで自転車旅行した時の写真です。

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(神戸電鉄1000系 1980年頃 横山~神鉄道場間にて(たぶん))

築堤を駆け上がる神戸電鉄1000系です。撮影場所は定かでは無いのですが、路線バスが走る街道沿いから撮ったので、恐らく横山~神鉄道場の間かと思われます。
普段、神鉄にお目にかかることは無くて、やってきた列車を珍しくで撮った記憶があります。

旧塗装をまとい、パンタ2丁を上げて、中々格好良いです。
1000系は、今ある神鉄の新性能車の基礎を作った車両のようですが、両開きの乗降扉を採用したり意欲的な車両だったようです。

この頃の三田口では、2両編成に片運転車を1両増結した3両編成が基本だったようです。最後尾の車が増結の車両で1050系と区別されるそうですが、片運転車と言いながら単行運転が可能だったそうです。

ローアングルなので分かり辛いですが、非冷房の編成のようですね。

神鉄の写真は残念ながらこの1枚だけです。


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by takurika54 | 2016-08-15 16:35 | 80年代 私鉄 | Comments(0)

80年代 名鉄6000系

並走する名鉄6000系です。

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(名鉄6000系 1982年3月 場所不明)

飯田線を撮影に行った際、豊橋から名古屋へ向かう東海道線から並走する名鉄6000系を撮影したものです。

名鉄には詳しく無いのですが、先頭車の形状から6000系と判別した次第です。

乗務員扉横の窓はHゴム支持のタイプで、1~5次車がこれに当てはまるようです。
そのHゴムの窓に、私が乗車している車両のパンタが見えていますが、車種までは特定出来ませんね。
多分、153系だったと思うのですが…、定かではありません。

豊橋~名古屋間で、名鉄とJR(当時は国鉄)とが並走する場所はどこか?と思って地図を見ましたが、特定出来ませんね。
車窓の雰囲気からして、名古屋市内ではなさそうですし、東海道線と飯田線が並走する下地辺りでしょうか?
茶色い壁のギザギザ屋根した工場らしき建物しか特徴的なものが無くて… これでは手掛かりに乏しいですね。


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by takurika54 | 2015-10-12 21:57 | 80年代 私鉄 | Comments(0)

80年代 名鉄ク2860

豊橋駅から発車する名鉄ク2860です。

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(名鉄ク2860 1982年春 豊橋駅にて)

以前、相方のモ3860をご紹介しましたが、こちらは制御車のク2860です。
ホームが邪魔して足廻りは全く写っておらず、慌てて撮ったので流れたダメ画像で恐縮です。

相方のモ3860の画像は正面がちなのでサイドの様子が分かりませんが、この画像は車体半分ですがサイドの様子が分かります。
3850系は1951年に新造されたクロスシートのAL車だそうで、撮影時点で既に30年も使っていたのですね。

車体更新で、高運転台化され、ウィンドーシル・ヘッダーレスに改造されています。但し、制御車「ク」はヘッダーのみ撤去されたとのこと。
なるほど、ヘッダーは無いことが画像からも確認出来ますね。

窓枠はアルミサッシ化され、戸袋もHゴム化されています。窓の幅が大きいので、戸袋のHゴム窓も随分横長に見えます。

張り上げ屋根の車で、乗降扉と乗務員扉の上部にだけ雨樋が付いています。

向こうの新幹線ホームには0系が停車中です。
ホームには小学生や親子が居て、春先のポカポカ陽気が感じられます。


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by takurika54 | 2015-03-08 16:49 | 80年代 私鉄 | Comments(0)

80年代 名鉄モ3402

久しぶりに私鉄の画像をお送りしましょう。

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(名鉄モ3402 1982年春 豊橋駅にて)

通称「いもむし」と呼ばれた名鉄3400系で、3編成あったうちの3402編成です。
地元が関西なので、この車両のことを当時は知らなかったのですが、流電のようなスタイルで吊掛け式の車両だったので撮影したものと思います。

名鉄の車両は詳しくないので、いろいろと調べてみると、3400系は幾たびか改造が行われており、ご覧頂いている姿はジャンパ栓と非常ブレーキ管が取り付けられておらず、他AL車との併結が出来ない頃の姿です。
3402編成は1988年に廃車となったそうで、落成当初の塗装復元を纏うことは無かったそうです。

正面窓は連続3枚ガラス構造になり、前照灯も2灯シールドビーム化されて、オリジナル度は低いですが、第二次大戦前の流線型ブームを物語る姿でした。

ウィンドーシルはありますが、ノーヘッダーです。張り上げ屋根構造で、乗降扉と乗務員扉の上に水切りが付いてます。
正面鼻先部分には、行先表示のサボが入るハズですが、何故だかサボは刺さってません。豊橋駅発の列車として車庫から回送されてきたのでしょうか?

豊橋駅での名鉄車は、モ3860をご紹介してますので覗いてみて下さいね。

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by takurika54 | 2013-10-12 17:18 | 80年代 私鉄 | Comments(2)

80年代 名鉄モ3860

豊橋駅です。

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(名鉄モ3860 1982年春 豊橋駅にて)

飯田線を二度目の訪問をした時に、豊橋駅にて捉えたものです。
関西が地元でしたので名鉄のことは全く詳しく無いので、Wikipediaやら名鉄の車両を紹介されている方のHPやらで調べてみました。

モ3860は3850系の電動車だそうで、張り上げ屋根が特徴です。運転台窓がやけに高い位置にあるなと思っていたら、車体更新の際に高運転台に改造されたそうです。更新の際には、ウインドシル・ヘッダーも撤去されたそうで、吊掛け車らしいスタイルは崩れています。
前照灯は、2灯シールドビーム化されてますが砲弾型です。尾灯は引っ掛け式のような形をしていて好ましいです(ちゃんと車体に取り付いていて引っ掛け式ではありませんよ)。
3850系の台車や機器類の一部は、昨年大手私鉄最後の吊掛け車として惜しまれつつ廃車となった6750系に転用されたそうで、私が名古屋で単身赴任していた時に、JR大曽根駅で列車待ちをしている横で6750系が唸りを上げて加速したのを聞いて、非常に懐かしかったことを思い出しました。

国府(こう)行きの急行運用で、2両編成になってます。相方の制御車はク2860です。

向こうのホームには、飯田線の80系が停車中です。
ホーム屋根の支柱は廃線路を流用してますね。どの支柱にも灰皿が取り付けられており、昔は分煙なんか全く気にもならなかったです。ホームはキレイに掃かれておりゴミひとつ落ちてませんね、清々しいです。



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by takurika54 | 2012-11-23 07:56 | 80年代 私鉄 | Comments(2)

80年代 阪神武庫川線その15(シリーズ最終回)

阪神武庫川線跡をたどる記事も今回が最終回です。

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(阪神洲先駅時刻表 1980年夏 洲先駅にて)

3線軌条のご紹介は終わったので、最終回というよりかはオマケと言った方がよいかも知れません。

当時の洲先駅の時刻表です。
平日休日共用ダイヤで、始発は6:36、終電は22:06です。
7時台と18時台は4本づつ設定ありますが、9時~15時の昼間は6分発と36分発の2本で、12時台は46分しか設定ありません。運転手の昼食時間を取ってあるかのようなダイヤ設定です。

現在はどうなっているかは、こちらをご覧下さい。今は、洲先駅が終点では無いので、終点の武庫川団地前駅の時刻表です。

始発は5:40、終電は23:37、7時台と18~20時台は6本づつ、昼間でも10~16時は3本づつの設定になっており、格段に利用し易いダイヤ設定になってます。しかも単行では無く2両編成ですから、輸送量も格段に増えてます。

15回に分けてお送りした阪神武庫川線跡をたどるシリーズはいかがでしたか?
シリーズものですが、次は飯田線を企画中です。お楽しみに。


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by takurika54 | 2012-11-03 00:01 | 80年代 私鉄 | Comments(0)

80年代 阪神武庫川線その14

3線軌条の末端部です。

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(阪神武庫川線3線軌条跡 1980年夏 洲先駅先南側)

阪神武庫川線をたどるシリーズもいよいよ大詰めです。

前回ご覧頂いた緩くカーブをえがいた3線軌条の末端部です。
右端に3線軌条が覗いてますが、そこから先は土の中に埋もれてしまっていて、やがてフェンスが設置され、そこから先(南側=海側)は未調査です。
真夏で暑かったのでしょうか?それとも念願の3線軌条が見れたことで満足してしまったからでしょうか?そこから先へは行かずに引き返したようです。
川西航空機のあった場所(=現在は武庫川団地)までは行かずじまいでした。3線軌条は無くとも、線路跡は更に続いていたかも知れません。川崎航空機の工場跡地には武庫川車両が盛業だったようですが、これも見ずじまいでした。

画面左上、フェンスの向こう側には、緑色のいすゞ117クーペの後部が見えてますね。今なら立派な旧車です。

次回がこのシリーズの最終回です。


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by takurika54 | 2012-10-26 22:07 | 80年代 私鉄 | Comments(0)

80年代 阪神武庫川線その13

踏切跡より更に南側です。

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(阪神武庫川線3線軌条跡 1980年夏 洲先駅南側)

洲先駅から真っ直ぐ南下していた線路跡は、やがて緩やかに右へ弧を描いて住宅地へと吸い込まれてゆきます。
枕木は朽ち果て、路盤も荒れていますが、3線軌条だけはしっかりと残っていました。線路を固定している役目にはなっていないのでしょうが、犬釘がところどころに虚しく頭を見せています。

線路のすぐ近くに木が生えてますが、普通ではあり得ないことなので、戦後35年の間に木が自生したのでしょう。

木の合間からよ~く見ると、緑色のフェンスがはられており、フェンスの向こう側にはクルマが駐車されています。恐らく、フェンスで囲った手前側が阪神電鉄の土地で、フェンスの向こう側は民間地なのでしょうね。左側のフェンスは、紺色のステーションワゴンが駐車しているところで切れていますが、フェンスの無いところの敷地境界線はどうなっていたのでしょうね。


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by takurika54 | 2012-10-20 10:05 | 80年代 私鉄 | Comments(0)

80年代 阪神武庫川線その12

洲先駅の先の3線軌条のアップです。

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(阪神武庫川線3線軌条 1980年頃 洲先駅南側)

更に南へ行くと、かつて踏切であったであろう場所になります。
ここは、車こそ通りませんが、歩行者や自転車が通ってたので、線路が磨かれて現役感を醸し出してます。戦時中の急造ながらも、踏み石が敷かれており、頑丈に作られているのですね。
狭軌と標準軌の間には、脱線防止レールが設置され、隙間には木杭を置いて犬釘で固定してあります。
踏切から向こう側は洲先駅方面ですが、一応立ち入りが出来ぬよう柵がしてあります。実際には、洲先駅を降りた乗客は、3線軌条の線路内を徒歩で家路についてましたから、柵の意味は成していなかったようです。

こうやって見ると、1067㎜と1435㎜はこんなに寸法差があるのか?と感じます。


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by takurika54 | 2012-10-12 23:32 | 80年代 私鉄 | Comments(0)

80年代 阪神武庫川線その11

明日泊まりで出張なので、恒例の金曜UPが出来ないのでウイークディーながらUPします。

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(阪神武庫川線/洲先駅 1980年夏 洲先駅の南側)

洲先駅に到着して、3線軌条に感動していたら、単行の電車が洲先駅に到着しました。
乗客が数名下車して、既に走らない線路を歩きつつあります。

前回ご紹介の洲先駅では、ホームのすぐ近くに枕木を2本積んだ車止めがありましたが、こうして見ると、立派な車止めがあったのですね。
手前に架線柱が2本あり、ここで架線は終わってます。

3線軌条は、外側の標準軌の線路がやや波打ってます。枕木は、長年の手入れされぬままで、土に埋まってしまい、露出しているところは朽ちています。犬釘もどこにあるやらほとんど分からない状態です。
よぉ~く見ると、狭軌側の線路はジョイント部分が見えてますが、標準軌側の同じ場所にはジョイントはありません。3線軌条では、ジョイント位置を完全に合わせる必要がなかったのか?それとも戦時中の物資難のことで、有り合わせの線路で敷設したので、位置合わせどころでは無かったのでしょうか?

手前左側の住宅は、比較的近年(同時)に建てられたもののようです。今なら、駅前1分の一等地ですが、当時は都会のなかの田舎的な感じだったのかも知れませんね。

尚、洲先駅に到着した3303をもっと近くで撮った画像は、本シリーズの第一回目でご紹介してます。こちらもご覧になって下さい。


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by takurika54 | 2012-10-04 22:31 | 80年代 私鉄 | Comments(2)