カテゴリ:80年代 電車( 42 )

平成の画像 運用離脱した低運転台のクハ103 116

3月12日(日)に実家へ帰省してオカンの様子を見に行った際に、阪和線/鳳派出所のまわりをウロウロしてきました。

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(クハ103 116 2017年3月12日 鳳派出所にて)

既に運用離脱していたのは他ブログ等で知ってましたが、鳳に居るかどうかは不明のまま行ったのですが、無事に出会うことができました。

前照灯は、元々は大型の1灯だったのですが、後の改造でブタ鼻2灯化されています。
前面窓や方向幕窓も金属枠になっていて、スカートが後付けされていますが、103系の特徴を色濃く残しています。

天王寺側の先頭車はクハ103 115です。

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(クハ103 115 2017年3月12日 鳳派出所にて)

線路端のフェンスからレンズを突っ込んで撮ったのですが、障害物があってダメ画像で恐縮です。
この位置から見ると、戸袋窓が埋められている様子が分かります。

庫の中には、羽衣支線用のクハ103 200が居ました。

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(クハ103 200 2017年3月12日 鳳派出所にて)

こちらも低運転台ですが、200番台は前照灯が元からブタ鼻2灯になっています。

いずれの車もグロベン搭載で、好ましいです。


80年代の写真で、スカイブルーの103系を撮ったものは無いのですが、153系新快速の隣線で写り込んでる画像を再掲ですがどうぞ。

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(東海道、山陽本線の緩急用103系 1979年晩秋 京都駅にて(再掲))

見えている編成は手前も向こう側も非冷房車ですね。


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by takurika54 | 2017-04-02 23:52 | 80年代 電車 | Comments(2)

80年代 クハ155 19

豊橋駅で捉えた元修学旅行用車両のクハ155です。

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(クハ155 19 1982年4月1日 豊橋駅にて)

元々は、「ひので」「きぼう」の修学旅行用に作られた車両ですが、修学旅行が新幹線へシフトされていったことにより本来の用途を無くし、153系と混用出来るよう種々改造されて名古屋地区で使われていたものです。宮原区に居たものが、改造のうえ大垣区へ転籍となったようです。
先頭車ですが、編成の中間におりました。

左右の車両(153系)と比べ、乗降扉幅が狭いです。153系は1000㎜あるそうですが、特急車並みの700㎜しかないです。
屋根は全体にわたり低屋根構造で、ぺったんこな感じです。通風器は押込型ではなく、グローブ型です。グロベンとグロベンの間にお椀を伏せたようなものが見えますが、これは扇風機取付のための出っ張りです。

ちょっと見辛いのですが、153系なら運転台下部にあるスカートがクハ155にはありません。軽量化やコストカットではじめから無いそうです。

クハ155 19は、最終増備のグループだそうで、運転台上部にある最前部の通風器が押込型なのと、雨樋が乗務員扉上まで延長されているのが特徴だそうです。

155系は、結局冷房改造されることなく、撮影からしばらくして運用から外され、西小坂井駅での留置を経て解体されたそうです。


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by takurika54 | 2016-09-11 09:33 | 80年代 電車 | Comments(0)

80年代 クハネ581 6

灘の操車場に留置されていた583系です。

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(クハネ581 6 1982年頃 東灘操車場付近にて)

関西~九州の寝台運用や雷鳥の運用が減少して、東灘には失職した583系が何両も留置されていました。
これを見に行くため、西宮から灘まで友達と自転車で行った記憶があります。

本日4月29日に開園した「京都鉄道博物館」にも、クハネ581 35が展示されているようで、博物館開園記念として掲載してみました。

クハネ581は、乗務員扉と乗降扉の間に機械室を設けてあるのが特徴で、車体側面に通風のガラリがあります。
機械室には、MG(電動発電機)とCP(空気圧縮機)が収納されています。

ほぼ全てのブラインドがおろされ、車内は見えないような状態になっています。

撮影の時点で、新製登場からまだ15年も経過しておらず、失職するには早かったのですが、その後、一部の車両が寝台設備を取り払われ715系に改造されて、北陸ローカルに充当されました。
平成になって社会人になってから、出張の折に一度だけ715系の各停に乗車したことがあります。先頭車は食パンみたいな切妻で、やたら天井が高かったことを覚えています。


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by takurika54 | 2016-04-29 18:24 | 80年代 電車 | Comments(0)

80年代 クハ103 低運転台ブタ鼻2灯

大阪環状線の103系です。

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(クハ103 1980年頃? 場所不明(弁天町駅か?))

交通科学館へ行った際のネガにあったので、恐らく弁天町駅で撮ったものと思われます。

低運転台ながら、前照灯は製造時からシールドビーム2灯化されたグループです。
当時、森ノ宮区には、クハ103 241~266と大量に配置されていたので、その中のどれかだと思います。
方向幕には「大阪環状線」と掲げられており、普段京阪神緩行線の「普通」とだけ素っ気なく掲げられた方向幕を見慣れていると、これだけで格好良く見えたものです。

今でも、大阪環状線には体質改善を受けた103系が現役ですが、今年2016年から遂に後継車「323系」が順次投入されることとなり、2018年には103系と201系は淘汰されるとのことです。
余りにも大量生産され、余りにもありふれた車輛だったので、当時は撮影対象として食指が動くことはありませんでしたが、今こうして見ると食パン的な面構えで質実剛健な感じは好ましいですね。


103系ネタは、福知山線に投入された高運転台車の画像がありますので、再掲します。高運転台車は面長な感じですよね。

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(クハ103 800番台 1981年3月 大阪駅にて(再掲))


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by takurika54 | 2016-03-12 11:46 | 80年代 電車 | Comments(2)

80年代 117系新快速その4

117系が新快速の運用に入った頃の画像がもう1枚残ってました。

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(117系新快速(クハ117) 1980年春頃 芦屋~西ノ宮間にて)

ちょっと流れてしまっている画像ですが、高速で大阪方面へ駆け抜ける117系です。
流電が登場した当時のカラーリングを模して、クリームと茶色に塗り分けられています。
前照灯を縁取るように、茶色のラインは正面にかけて帯幅が太くなっています。
153系新快速と違い、デッキの無い2扉の構造になっています。今の223系は3扉ですから、徐々に通勤対応の構造に進化されています。
改めて見ると、運転席側にも助手席側にもワイパーが2基づつあって、雨天時の視界性を良くしたようです。
足廻りは黒く塗られていたのでしょうか?引き締まって見えます。

新快速の表示(ヘッドマーク?)ですが、153系の頃の表示を踏襲したのか、黄色のカラーリングがされています。

踊り子号に使われている185系も、同じように非貫通で似た顔立ちをしていますが、ヘッドマークの位置と大きさが違うためか、印象が違います。
117系は少し野暮ったいと感じるのは私だけでしょうか??


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by takurika54 | 2016-02-28 23:13 | 80年代 電車 | Comments(0)

80年代 153系新快速その8(コンテナ貨物との離合)

実家近くの芦屋~西ノ宮間です。

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(高運転台クハ153とコキフ50000 1979年頃 芦屋~西ノ宮間)

夕陽に向かって逆光しており、クリアな画像でなくて恐縮です。

コキフ50000を最後尾に神戸方面へ西へ下るコンテナ高速貨物と、高運転台のクハ153を先頭とする新快速が離合するところです。

コンテナ車は、見えている範囲はコンテナ満載です。
コンテナのことは詳しくないので、吉岡心平御大の著書「国鉄コンテナのすべて(下)」を見てみました。
コキフ50000に搭載の白帯の3個はC20形式のようです。車掌室手前は青帯ですのでC21形式となります。
白帯のC20形式は、クレーン吊が出来ない仕様なので、コンテナ上部にISO吊り用の穴がありません。妻面に見えているC20は非開口面のようで、反対側に扉があります。何と、C20もC21も、妻面の片方にだけ開口扉があり側面には扉はありません。側面に扉があった場合、走行中の振動とか何かの拍子で解錠されてコンテナ内の荷物が出てしまうことを恐れての措置だったのでしょうか?

離合する新快速の先頭車はクハ153、高運転台でヘッドライトはシールドビーム化されずオリジナルのままです。


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by takurika54 | 2016-01-11 20:32 | 80年代 電車 | Comments(0)

80年代 クハ165 急行こまがね

辰野駅に停車中の急行こまがねです。

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(クモハ165(急行こまがね) 1980年8月15日 辰野駅にて)

入線してきたところを撮影したようです。扉は閉まっており、客扱いしていないのですが、ホームには客が居るためそう判断した次第。

飯田線の優等列車ですが、飯田線は単線で交換駅も限られるためだと思いますが、駅に停まらないだけで決して速いダイヤとは言い難かったように思います。
家の引越で、古い時刻表がまだダンボールに入ったままなので実際のダイヤを確認出来てませんが…。

これは新宿向きの先頭車なので、クモハ165だと思いますが、外観上からはクハ165と見分けはつきません。
<修正>
通りすがり様からご指摘頂きました。クハ165とクモハ165は外観上見分けがつかない と書きましたが、屋根上に大きな違いがあるようです。
画像はクハ165で、押込み型ベンチレーターが見えているのが識別点だそうです。クモハ165は乗務員室上の屋根に、箱型したモータ冷却用通風器が2個並んでいるそうな。

原形の大型ヘッドライトが格好良いですね。もし現在の運用だったら、前照灯を点灯しているはずですから、入線時にはスモールにしてオレンジ色にぼや~っと鈍く灯っていたと思います。
この頃の急行列車は、増結や他列車と多層階運用で併結が多かったので、ホロ付きの車両はごく普通に見ることが出来ました。

左にチラリと映り込んでいる女の子は、どこかへお出掛けですね。
水色の夏服に藤編みのバスケットを持っています。


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by takurika54 | 2015-10-10 07:47 | 80年代 電車 | Comments(2)

80年代 0系新幹線 その2

この土日、更新出来なかったので月曜ながらUPします。
小郡駅の0系新幹線の画像をもう1枚ご覧頂きましょう。

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(0系新幹線 1979年春頃 小郡駅(現 新山口駅)にて)

今度は自分が写っていたのをトリミングしてます。左端に腕が見えてますがご容赦下さい。

今の新幹線は、先頭車両が尖っていてペン先が走っているような感じですが、0系は丸っこい姿をしています。

スカート部には、折り返しや羽根が付いていますが、雪やら障害物を運転席に巻き上げないようになっているのでしょうか?
スカートには排障器も付いていて、7本のボルトでスカートにがっちりと固定されています。

助手席側の正面窓と乗務員扉の窓には編成番号が掲示されています。「H53」となってます。16両編成時のひかり編成ですね。
昭島市図書館のつつじヶ丘分室として保管されている0系新幹線=21-100 は、元々H53編成だったそうですが、この画像の車両だったりして。


新幹線と言えば、10月18日(土)AM10:10頃にJR名古屋駅から新幹線に乗りましたが、改札入ったところで東海道新幹線50周年を記念したクリアファイルを無料で配ってました。ちゃっかり頂いてきましたのでご覧下さい。凝った造りではありませんが、ドクターイエローまで登場させて中々の出来だと思いませんか?

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by takurika54 | 2014-10-21 00:20 | 80年代 電車 | Comments(0)

80年代 0系新幹線

東海道新幹線50周年を迎えたそうで、小郡駅の0系新幹線です。

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(0系新幹線 1979年春頃 小郡駅(現 新山口駅)にて)

構図が変な画像ですが、実はホーム上に弟が写ってましてトリミングしてます。(ちょこっとだけ頭が見えてます)

晩年の0系は、山陽新幹線でこだま専用となり6両編成の短編成となってしまいましたが、当時は100系もデビューしておらず16両フル編成です。
0系のフル編成は今見るとなかなか見応えがありますね。

500系やN700系は先頭車の先が尖がっていますが、0系は丸みがあって卵っぽいですよね。
ブログを書きながら思い出しましたが、0系が停車する時には機械的な軋んだブレーキ音がしてましたよね。

0系は椅子が独立していなくて、現在の車両のように個人個人でリクライニングは出来なかったハズです。

会社に入社したての頃に広島方面へ出張に出掛けた際、0系のビュッフェでカレーライスを食べたことも思い出しました。

この時は、家族で秋芳洞と萩へ旅行に出掛けたのですが、新幹線に乗る前に小野田線の旧国(クハ55 081)を撮影してます。こちらもご覧下さいね。


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by takurika54 | 2014-10-05 16:58 | 80年代 電車 | Comments(0)

80年代 クハ115

家族旅行で戸隠へ行った時の帰りに乗車した115系各停です。

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(クハ115 1000番台 1980年夏 黒姫駅にて)

115系は、113系を耐寒・勾配路線向けに強化された車で基本番台は1963年から製造されているのですが、この車は上越・信越向けに1977年から製造された1000番台です。撮影した時は、製造から数年しか経っていなくて、まだまだヤレた感じはしませんね。

製造された時から、前照灯はシールドビーム化されており、タイフォンにはバタフライタイプのカバーが付いています。

当時の興味からすると、ありふれた近郊型の車両を撮影することは無かったハズですが、住んでいた関西地区ではお目にかかれない115系で湘南色の塗り分け方が珍しくて撮影したのだと思います。

この時は直江津方面へ向かうのに黒姫駅からこの編成に乗車しています。
夏休み中なので、ホームには結構な数の乗客がいます。


因みに113系の塗り分けです、(記事はこちら)
113系は前照灯下の緑の塗りが、斜めになっていますね。

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(クハ111 1979年春 小郡駅にて(再掲))

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by takurika54 | 2014-05-17 02:34 | 80年代 電車 | Comments(0)