平成の画像 クモハ12 041

旧型国電が去った後も飯田線でイベント電車として運用されていたクモハ12 041です。

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(クモハ12 041 1997年3月か4月 伊那松島機関区にて)

この頃は鉄道から遠ざかっていて、旧車趣味だった頃に撮影しています。
1997年4月に長野県岡谷市にプリンス&スカイラインミュウジアムがオープンしたのですが、オープン前に旧車の搬入手伝いで行った際に、機関区を訪れたものです。

旧型国電が終焉を迎えて久しい時期でしたが、機関区へ訪問して構内での撮影をお願いすると、快く許可が下りました。
構内には、ED62が多数留置されていて、今調べてみると訪問した前年に飯田線北部の貨物輸送が事実上の終焉を迎えていたようで、運用が無くなったので出番の無いED62が多数居たようです。

クモハ12 041は、事業用のクモヤ22 112から旅客用に再改造され、イベント電車として第三の活躍の場を与えられていました。
正面さえ見なければ、17m級の旧型国電そのものです。両サイドとも乗務員扉横の窓が埋められていて違和感ありますが…。
シル・ヘッダーの間隔が短く、窓の高さ寸法が短めなため、全体的に腰高な印象です。


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by takurika54 | 2017-10-09 22:38 | その他 | Comments(0)

平成の画像 東急デハ80形 デハ86 その2

世田谷線デハ86のアップ画像です。

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(東急デハ80形 デハ86 平成10年/1998年頃? 東急世田谷線宮の坂駅にて)

宮の坂駅に到着して客扱い中です。

丁度、男性が乗り込もうとしていますが、ステップは2段ありますね。今時の車は低床車やノンステップ車がほとんどなので、この段差は大変ですね。

アンチクライマーは車幅全体にわたってますが、前照灯と尾灯の下のところには足を掛ける小さなステップがアンチクライマーに直付けされています。

この日は陽気がよかったのでしょう、ワイパーの無い前面窓とコーナーの窓は開けっ放しになっています。

デハ86のその1の記事はこちらです。


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by takurika54 | 2017-03-05 21:44 | その他 | Comments(0)

平成の画像 終焉間近 愛知機関区の原色DD51 853

たまには最近の鉄活動の報告でも致しましょう。
2月10日(金)は会社を休んで、10日~11日と嫁と娘に付き合って名古屋へ行ってきました。折角名古屋へ行ったのだから、早朝に稲沢にある愛知機関区を覗いてきました。

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(DD51 853 2017年2月11日 愛知機関区にて)

あいにくの雪模様でしたが、原色の853号機を見ることが出来ました!
稲沢駅横の休車を留置させるところにはおらず、県道の跨線橋から見れる位置に停車しており、しばしの間ご対面することが出来ました。

残念ながらアイドリング音を聞くことは叶いませんでしたが、何の下調べもせずに会えたので、それだけで感動もんでした。

途中、雪が激しく降ってきたので引き上げましたが、何時間でも眺めていたいところでした。

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(DD51 853 撮影日と場所は同じ)

この日の朝、確認出来たのは、853号機のほかは次の通りです。庫内にいた車は車番確認出来ずです。
DD51 889
DD51 890
DD51 1156
DD51 1804
愛知機関区には17両在籍とのことで、他12両は四日市方面で活躍中だったのでしょう。


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by takurika54 | 2017-02-23 01:19 | その他 | Comments(0)

平成の画像 東急デハ80形 デハ86

先日のデハ72に続いて世田谷線のデハ86をご覧頂きましょう。

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(東急デハ80形 デハ86 平成10年/1998年頃? 東急世田谷線宮の坂駅にて)

三軒茶屋行きのデハ86が、宮の坂駅に進入するところです。

前面窓の上部の角はRが付いていて、デハ70形よりかはちょっと洒落た感じがします。

前照灯はシールドビーム化されて窓下にあり、更に大きなジャンパ栓があって結構武骨な印象です。
前照灯下部には全面全体に渡り、アンチクライマーが取り付けられていて、デハ70形とは明らかに違う顔付きになっています。

沿道の木々や雑草は緑を付けていながら、踏切待ちの人も乗車している人もジャンバーやセーターを着ているので、恐らく10月か11月頃の撮影かと思いますが、この日はぽかぽか陽気だったのか前面のサイドの窓は全開となっています。


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by takurika54 | 2017-01-22 17:32 | その他 | Comments(0)

平成の画像 東急デハ70形 デハ72

ネタが切れつつあるので平成になってからの画像もご紹介しましょう。
既に鬼籍入りした東急世田谷線の旧型車両です。

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(東急デハ70形 デハ72 平成10年/1998年頃? 東急世田谷線宮の坂駅にて)

子供らがまだ保育園に通っていた頃、宮の坂の区民センターにある江ノ電から戻ってきたデハ87を見に行った時に、ついでに撮影したものです。

戦中製の車ですが、車体更新され張り上げ屋根になり、更に前照灯は屋根上からボディに埋め込まれシールドビーム化されていて、かなり近代化された印象です。
排障器があってチンチン電車然としていますが、全線専用軌道を走っており、吊掛けモータをそれなりに唸らせて走っていました。

今は、300系に置き換えられて保存車も無いのですが、一部の機器は300系に流用されているんだそうです。


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by takurika54 | 2016-12-25 21:08 | その他 | Comments(2)

80年代 梅小路のD51 1とB20 10

仕事が忙しくで1週空いてしまいました。1枚残っていた梅小路ネタです。

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(D51 1とB20 10 1981年頃 梅小路蒸気機関車館にて)

B20 10は、今は動態保存されているそうですが、この頃はたぶん無火状態だったと思います。

D51 1と並ぶと、ひときわ小ささが分かります。ボイラの径は本当に小さいです。

当時は赤プレートでしたが、今では型式入りの立派なナンバープレートに掛け替えられているようです。ちょっと過剰装飾かも知れません。
型式入りのプレートと言えば、D51 1も今は正面のプレートは型式入りになっているようですね。
D51 200が動態保存復活の準備をしているようですが、ナメクジのD51 1も再び火が入って本線走行出来ればよいですね?
雑誌でしか見たことがありませんが、吹田のデフ無し機なんか、ちょっと毛色が変わっていて面白いと思うのですが…。

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by takurika54 | 2016-11-26 23:57 | その他 | Comments(0)

80年代 加古川駅

加古川線、高砂線の気動車を撮りに行った時に撮った加古川駅です。

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(加古川駅 1980年春)

今の加古川駅は、加古川線もあわせて高架となり風景が一変しています。
これは、地上駅時代のものです。

駅舎は木造平屋(?)建てで、中央の出入口には時計があり、なかなか立派な駅に見えました。
屋根したには、近距離用の切符の自販機が並んでいますが、画像を拡大してみると100円~520円となっていて、当時は初乗り(一区間)が100円だったことが分かります。
国鉄時代の初乗り料金が100円だったのは、1979年~1980年のたった2年間だけだったそうです。

画像右側に切れかかってますが、公衆電話ボックスが5個も並んでいます。更に右側に数個並んでいたのかも知れません。
現在のように携帯やスマホはありませんので、突然の大雨や交通障害等があると、家に電話して車で迎えに来てもらうには公衆電話は必需アイテムでした。

白い車が停車しています。4ドアのケンメリのスカイラインですな。懐かしいです。
当時は、駅のど真ん前に自家用車を乗り付けることが可能だったのです。そう言えば、どこの駅も昔は狭くてせせこましい感じだったことを思い出します。


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by takurika54 | 2016-09-18 18:19 | その他 | Comments(3)

80年代 小郡駅(現 新山口駅)

家族旅行した際に撮った小郡駅前です。

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(小郡駅前風景 1979年春頃)

家族で、山口の秋芳洞と萩へ1泊2日旅行した際に撮ったものです。

恐らく、萩からバスで小郡駅まで戻ってきて、駅前で食事でもしたのだと思います。

遠く正面に駅舎があり、目抜き通りには左右に商店が並び、片流れのアーケード的な造りになっています。
今の時代では、ショッピングモールがあちこちに出来てシャッター通りが多いのですが、この頃は賑わっていました。
遠くに見えている駅舎は、現在建替中のようですね。見えている駅舎も極一部を残して取り壊されている状況が、Googleから見ることが出来ました。

駅舎の手前には、白地に赤のラインの路線バスが客扱い中です。カラーリングから防長交通のようです。
バスはいすゞのBU系のようですね。オハ35系のような丸屋根な処理の仕方に特徴があります。
バスもなかなかディープなファンが居て、個人でボンネットバスや古いバスを所有している方が居られます。いすゞのBU系も所有している方が居られるのかしら?


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by takurika54 | 2016-08-28 15:28 | その他 | Comments(0)

80年代 梅小路のC61 2と8630

梅小路ネタの続きです。

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(8630とC61 2 1981年頃 梅小路蒸気機関車館にて)

8630は、開館当時から有火状態にあり、この日も煙をたなびかせていました。
SLスチーム号の運転用に、扇形庫から京都駅方面に線路が敷設されましたが、撮影当時はそのようなものはナ無く、単にターンテーブルを回って元の番線に戻ってくる運用だったハズです。

最近の8630を撮った画像もあるのでご紹介しておきましょう。

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(8630 2009年4月 梅小路蒸気機関車館にて)

砂巻きドームの前方側に大きな鐘が見えます。人や大八車が行き交うところで、鐘を鳴らしながら走っていたことを想像しちゃいます。



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by takurika54 | 2016-08-07 23:42 | その他 | Comments(0)

80年代 梅小路のD50 140とC11 64

梅小路ネタです。

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(D50 140とC11 64 1981年頃 梅小路蒸気機関車館にて)

化粧煙突が美しいD50 140が15番線に、タンク機の代表格C11 64が16番線に並んでいます。

D50 140は煙室扉の下に給水温め器が鎮座していて、装飾用の金帯が巻かれていています。
C11 64は、小型のタンク機なので給水温め器は元からありません。

各々、機関車の上部にはラッパ状のものが見えます。これは機関車から出る煙を、煙突を通して扇形庫より庫外へ出すためのものです。
これが無いと、庫内に煙が充満してしまいます。

7年前に梅小路を訪れた時に、D50 140の画像を撮ってますので、こちらもご覧頂きましょう。

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(D50 140 2009年4月12日 梅小路蒸気機関車館にて)

基本的に昔と変わりませんが、給水温め器にヘッドマーク掛けのようなステーが取り付けられていますね。


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by takurika54 | 2016-07-02 17:14 | その他 | Comments(0)