80年代 飯田線 ED62 7

今回から飯田線の特集パート1をお送りします。

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(ED62 7 1980年夏 伊那松島駅にて)

中学生の頃、飯田線に2度出掛けて、旧型国電を撮影してきてます。今回は、1980年夏に初めて訪れた時の写真をご紹介したいと思います。
初めて訪れた時は、戸隠への家族旅行の際、親にねだって往路に寄り道して、辰野から伊那松島まで行きました。なので、辰野と伊那松島で撮ったネガしか無く、大した枚数はありませんので余り期待しないで下さいね。

まずは伊那松島駅に停車中のED62 7からご紹介しましょう。

緩急車をたった1両だけ従えた編成で、辰野方面へ向かうところです。セメントや石油の積車を送り込んだ後、空返が無くて緩急車だけになったのかも知れません。確か、家族旅行は8月の盆休み前後だったはずなので、盆休みで物流も一休みだったのかも…。

こもった熱を出すのか、涼風を取り入れるためか、前面扉が開けっ放しになってます。
ED62は、前照灯が2灯シールドビーム化された車が多かったですが、7号機は1灯で通したようです。

タンク車ファンとしては気になるところですが、ホームの左側には灰色のキセ付きのタンク車が留置されてます。恐らくはLPガス専用の『タサ5700』と思われます。
この頃は、伊那松島駅の豊橋寄りにサンリンのLPガスセンターがあり、ここへ川崎浮島からLPガスを運んできていたようです。

右側のホームは、駅舎続きのホームですが、乗客が列車待ちしています。(亡き父も映ってます!)
ダンボール箱が数個見えてますので、小荷物扱いがまだまだ盛んだったことが見てとれます。


戸隠旅行で撮影した他の画像(EF62 52雷鳥はくたか=いずれも直江津駅にて撮影)もよろしければ見てやって下さい。


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by takurika54 | 2012-11-11 11:42 | 80年代 飯田線 | Comments(4)

Commented by kyuukouechizen at 2012-11-11 22:03
いいですね!!
LPガスのタキは90年代半ばまで元善光寺だったかまで運用がありました。ED62がタキ25000を1両だけ牽いている写真が結構残っていると思います。
Commented by 『タキ10450』 at 2012-11-12 22:32 x
今になって悔やんでますが、タサ5700(のハズ)も収めておけばよかったと思ってます。

タキ25000は、LPガスの運用終了後になってから、名臨東港で見掛けたのと、半田埠頭で解体前の姿をデジカメで収めただけで、残念ながら飯田線での運用は見ずに終わりました。
飯田線での貨物運用が無くなることは情報では知ってましたが、その頃はタンク車ファンで無く、鉄道よりも旧車に熱が入っていた頃でしたので…。

ところで、以前コメントでもお話ししたRMM誌へのタンク車の作品投稿は、採用されるようでして、既に10月末発売の12月号(通巻208号)の投稿した何両かは表紙に載ってます。詳しくは12月末発売の2月号に記事が載るそうです。

飯田線シリーズは、パート2もお届けする予定なのでお楽しみに!
Commented by みなとみらい at 2015-09-13 14:45 x
1980年が飯田線との最初のご縁だったのでしょうか。
私が東京で学校卒業して社会に出た年になります。この頃もまだまだ飯田線には旧型国電がたくさん残っていたのですねー。
Commented by takurika54 at 2015-09-13 22:51
みなとみらい様
1980年が飯田線との最初のご縁でした。
当時は親が一人旅を許してくれず、家族旅行で戸隠へ行った際に家族ごと寄り道をして伊那松島だけ行かせてもらいました。
ホント懐かしいです。