80年代 スハフ42 2299

大阪駅のネタに戻ります。

窓はサッシに変わってますね。扉は開いていて、形状が見えません。

最後尾、連結面に青いジャンバーを着た少年が居ます。この当時、優等列車や福知山線の客車列車は、結構早くから入線したり、到着後、回送までの間も長く停車していて、車内をうろうろしたり写真撮ったりする時間は沢山ありました。のどかな時代ですよね。この時代にデジカメがあったら、めちゃくちゃ沢山画像を撮れたことと思いますが、当時はフィルムを買う金も現像する金も惜しんでいたので、一方向から一カットしか撮っていませんし、そもそも編成全体を1輌ずつ撮影するなんて、とてもとても出来ないことでした。

よぉ~く見ると、車内にはチラホラと客の姿が見えるので、恐らくは福知山行きか篠山口行きかと思いますが、残念なことにサボが刺さってません。

自動で画像サイズを調整すると、右端が切れてしまうので、左端に寄せてますが、いつもより画像が少し小さ目ですみません。

(スハフ42 2299 1981年春頃 大阪駅にて)
e0264203_15304739.jpg


にほんブログ村 鉄道ブログ 国鉄型車両へ
にほんブログ村

にほんブログ村 鉄道ブログ 関西の鉄道へ
にほんブログ村
[PR]

by takurika54 | 2012-07-01 15:51 | 80年代 客車 | Comments(2)

Commented by kyuukouechizen at 2012-07-01 16:41
アルミサッシに改造された旧型客車は結構好物です...
客車の所属をみると大ミハ(宮原客車区)と書いてありますね。宮原で福知山線の運用があったとは知りませんでした。
手元にあるJRRの国鉄客車編成表80(復刻版)で確認したら、篠山口行443レ、福知山行737レの後ろ半分、福知山行745レ、上り732レ、736レ、444レあたりが宮原持ちだったみたいです。
Commented by 『タキ10450』 at 2012-07-01 22:34 x
ネガの見ると、この車の後に丹後1号を撮っているので、恐らくは篠山口行き443レだと思います。
私が撮った福知山線運用の大ミハ(宮原客車区)車は、もう2輌ありましたので、こちらは後日ご紹介しますね。