80年代 オハネフ12 2010

急行「きたぐに」が定期運行を終えて1ヶ月強経ちました。まだ客車編成だった頃の「きたぐに」につながれていたB寝台車をご覧頂きましょう。

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(オハネフ12 2010 1981年春 大阪駅にて)

EF58に牽かれ、長躯日本海側を縦断して大阪駅に滑り込み客扱い中のところです。
8号車と見え、向こう隣りにはオロネ10が写ってますが、当時の編成は次の通りでB寝台が2両づつA寝台を挟み込んでました。
EF58=郵便車(オユ)+12系座席車×6+B寝台(オハネフ12)×2+A寝台(オロネ10またはオロネフ10)×1+B寝台(オハネフ12)×2

ちょっと分かり辛いですが、扉上の「B寝台」が内照式となっており白熱灯の明かりで薄いオレンジ色に光ってます。
行き先・名称・優等・車番、はサボが刺さっており、時代を感じます。まだ当時は、サボの盗難騒ぎはうるさくなかったようで、ハリガネで固定とかはされてませんでした。
ボディの凹みや補修跡はあまり見えず、屋根の銀色もそこそこツヤがあるので、全検からそんなに間が無いのかも知れません。

10系寝台車は見るには見れたのですが、残念ながら乗車したことは無く、3段のB寝台を経験してません。一度経験してみたかったものです。高さ的クリアランスが無く、幅も狭くて、まるで蚕棚状態だったのでしょうね。
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by takurika54 | 2012-05-06 08:27 | 80年代 客車 | Comments(4)

Commented by kyuukouechizen at 2012-05-07 23:42
これは、これは!!また貴重な写真ですね!
2010番は「きたぐに」が14系化された後、「山陰」に転じ、1985年3月まで使われました。
私は1985年の2月に80系の博多行き「まつかぜ」とあわせ「山陰」にお別れ乗車をしました。(そのときは2018番でしたが...)
車内は、20系のハネと寝台の幅は52センチで同じですが、クーラーの厚さ分天井が低く、向かい合っている寝台の間の天井から、写真で屋根上に写っている薄いクーラーの下2/3くらいがデン!と出っ張っていました。
下段、上段はまだしも、中段が一番窮屈だったと思います。
Commented by 『タキ10450』 at 2012-05-08 22:28 x
急行越前さま
コメントありがとうございました。
そうでしたか!2010番はその後「山陰」用に転じたのですね。
1985年春といえば、私は高校3年生でして、その頃には鉄活動は休眠してましたので、お別れ乗車どころかその情報すら知りませんでした。
オハネフ12は碓井峠鉄道文化むらに保存されているようですが、一度見に行かねばなりませんね。
「きたぐに」に使用の10系寝台車のネガはまだ他にもありますので、おいおいご紹介してゆきますね。
Commented by kyuukouechizen at 2012-05-10 00:04
こんばんは。
横川のは「ながさき」に使っていたオハネ12ですね。
3段寝台の狭い様子は見られますが、オハネフ12はもともと10区画ありましたから、オハネ12より寝台と寝台の間隔がもう少し狭かったです。
Commented by 『タキ10450』 at 2012-05-13 23:15 x
オハネフとオハネでは区画差で間隔に違いがあるとは知りませんでした。
確かに横川のはオハネ12でしたね。間違えてました、ご指摘ありがとうございました。